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November 08, 2011

蕃人ジャンプ

まあ、もともとはそういうものだ。

裏・植鉄の旅(10)

台湾編では最初で最後の「裏・植鉄の旅」になってしまった。

今、私の手元には台湾の戦前の絵葉書が400枚少々ある。
「植鉄の旅」の最初に述べたように、日本統治時代の神社の画像を求めて買い集めているうちにこうなったのだが、残念ながら神社のものばかりを効率よく買い集めるというわけにいかない。
ざっと数えてみると、神社関係のものは12%くらいだ。
神社に狙いをつけてこの程度なのだから、ひどい無駄遣いをしている気になる。

そんなわけで、神社以外のものを公開する(見せびらかす?)ために「植鉄の旅」を始めたのだが、こと台湾のものに関して言うなら、それでもまだかなりの遺漏が生じる。
「植鉄の旅」で取り上げているのは、街並みを含め日本人が関与したインフラがほとんどだが、それが台湾の絵葉書では40%ほどにしかならないのだ。
つまり、神社と合わせて日本の統治に関係するものは52%ほどということになる。

では、残りの48%はというと、阿里山・新高山あるいはタロコ渓谷などの自然景観、果物などの特産物、日本統治時代以前に由来を持つ建造物や街並み、中国系台湾人の祭りなどの風俗、それと“蕃人”である。

観光土産としての絵葉書は、当然ながら他にはない特徴的なものを特に選択して作られるので、当然と言えば当然のことなのかもしれないが、当時の日本人の台湾に向ける目線がうかがえる内容になっている。

さて、これらのうち蕃人関係のものは神社より少し多い13%ほどある。
「植鉄の旅」では使えなかったこれらの蕃人の絵葉書から、次回以降、何点かピックアップしてご紹介してみようと思う。

その前に、台湾の「原住民」について少し。

台湾の「原住民」には、台湾政府が認定しているものだけでも12部族があると「観光コースではない台湾」(片倉佳史 2005年 高文研)にある。アミ・アタヤル(タイヤル)・ブヌン・パイワン・ルカイ・ツオウ・プユマ(ピュマ)・サイシャット(サイセット)・タオ(タウ・ヤミ)・サオ・クヴァラン(カマラン)・タロコ(トゥルク)がそれだ。
一方、「南方の拠点台湾 写真報道」(昭和19年 朝日新聞社)では、高砂族はタイヤル・パイワン・ツオウ・サイセット・アミ・ヤミ・ブヌンの7種族に分れるとしている。
日本統治時代よりも細分されているということのようだが、それは研究が進んだということなのか、彼らのアイデンティティについての主張が抑圧されることが無くなったということなのか、そのあたりは私にはわからない。

ちなみに、日本では「原住民」という言い方を忌避する傾向があり、以前見たテレビ番組でも「台湾の先住民」という言い方をしていた。
しかし、「原住民族」は台湾において公式に用いられている用語で、むしろ「先住民」という言い方の方が嫌がられると聞く。
それというのも、「先」には「既に失われた」というニュアンスが含まれるので、「先住民」では「昔住んでいたが、今は既に滅んでいる民族」ということになるからだとか。
確かに「先祖」は既に死んだ人たちだ。生きている親を「先祖」とは言わない。

言葉は難しい。

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