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July 26, 2011

徘徊おじさん

特に意味なし。

情報誌『ぴあ』が、先週で休刊になったそうだ。

東京での大学生生活の中で、『ぴあ』には随分と世話になった。

あの頃は、劇場で年間に100本ほどの映画を観ていたので、非常に役に立った。
私が大学に入った年に開催された第1回東京国際映画祭など、『ぴあ』がなかったらスルーしていたかもしれない。

また、いかにもイケてない若者っぽいが、「はみだし」も愛読していた。
一人暮らしの無聊を慰めてもらったものだ。

とは言え、「『ぴあ』休刊!」と言われても、「今頃になって?」というのが偽らざる感想だ。

と言うのも、すでに私は15年ほど前から『ぴあ』を購入していないからだ。

その少し前に『ぴあ』は誌面のリニューアルをしているが、それがいささかしっくり来なかった。

それまでの『ぴあ』は、情報にあまり優劣をつけず、ピンからキリまで無機的なまでに情報を羅列していた。
そこが魅力と言えたのだが、そのリニューアルの際に、些細だが大きな変化があった。

ピンク映画情報を載せなくなったのだ。

実際にピンク映画情報を見て劇場に足を運んだことなど、私には2回ほどしかないので(0回と違うんかいw)、それが載らなくなっても実害は無い。
それでも、その情報があるということが、『ぴあ』の情報の扱い方の一つの方針と言うか、姿勢を示していたように思う。

それが無くなるということは、私にすれば、変節と言っていいものだった。

ま、大袈裟ですな、こんな物言いは。

いずれにせよ、誌面に違和感を感じるようになり、購入をやめてしまった(理由はそれだけではないけれど)。

だから、いま休刊と言われてもピンと来ないし驚かない。

それよりも、別のことで、いま少し驚いている。

この文章を書くにあたって、私が京都に住んでいた頃に、最初に手に取った情報誌『Lマガジン』のことを思い出し、検索してみたのだが、1990年頃には休刊になったと思い込んでいた『エルマガ』が、実は2008年12月まで存続していたらしいのだ。

どうやら1988年に休刊になった『ぷがじゃ』こと『プレイガイドジャーナル』と混同していたようだ。

『関西版ぴあ』に押されて姿を消したと思い込んでいたが、意外と長生きだったのね。

長生きったって、これで『ぴあ』ともども死んだわけだが。

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July 24, 2011

草柳生

時代小説に出てきそうだ。

最近同じ様な趣旨の本を2冊立て続けに読んでみた。
A「プロ野球解説者の嘘」(小野俊哉 2011年 新潮新書)とB「9回裏無死1塁でバントはするな――野球解説は“ウソ”だらけ」(鳥越規央 2011年 祥伝社新書)の2冊。

タイトルでわかるように、野球解説者が当たり前のように口にしていることを統計を取って数値的に検証してみると実は妥当ではないことがわかる、という内容の本である。

なるほどと思うがちょっと胡散臭い、というのが読後感である。

胡散臭いというと何だが、要するに数字遊びに過ぎないのではないかという疑念がわいてくるのである。

ひとつ面白い分析がある。
両者ともバントの有効性について検証しているのだが、その結果が真反対になっている。

Aでは以下のような分析をした上で、バントは有効だと言う。

統計の対象はシーズン最多犠打数818を記録した2008年のセ・リーグ。
大まかに言うと、先頭打者が出塁した後に犠打を行なったイニングのうち得点があったイニングの割合と、先頭打者が出塁した後に犠打を行なわなかったイニングのうち得点があったイニングの割合を比較する。
すると前者が45.6%、後者が40.6%となり、バントを行なった方が5%得点の確率が高い。

なるほど、と思ってしまうが、若干おかしい。
というのも、統計の手法を説明する中で、先頭打者の出塁について、先頭打者の本塁打を除くという手順が踏まれているのである。
ということは、ここで言う先頭打者の出塁には本塁打以外の1・2・3塁打が含まれているということを示唆する。
また、先頭打者が出塁した後に犠打を行なった数を634イニングで644犠打と書いている。
つまり1イニングに2以上の犠打を行なった場合もあるということだ。
一度バントに失敗した後に次打者が再度バントを行なったということかもしれないが、1→2塁の犠打と2→3塁の犠打が区別されていない可能性もある。

しかし、走者がどの塁にいるかで、後続打者のバントの意味は異なるはずだ。
走者3塁でのバントは得点を企図したスクイズバントであって、進塁を企図した犠牲バントとは異なる。
1塁走者を2塁に進塁させるのと、2塁走者を3塁に進塁させるのは、同じ犠牲バントでも、その後の状況が大きく異なる。
これらを区別しないのは、統計として粗雑ではないだろうか。

一方のBは、タイトルの通り、バントの有効性を否定する。

統計の対象は2004年から2009年の日本プロ野球。
こちらは状況を限定して、その状況ごとの勝利確率を統計から計算する。
例えば、後攻のチームが1点差で負けているという状況に絞り、さらにイニングごとに分けて、無死走者1塁での攻撃と1死走者2塁での攻撃ではどちらの勝利確率が高いかを比較する。
この場合では、どのイニングでも無死走者1塁からの攻撃の方が勝利確率が高い。
特に表題にある9回裏では無死走者1塁の方が約4%勝利確率が高い。
これを様々な状況で検証すると、同点の9回裏無死2塁よりも1死3塁の方が勝利確率が高くなるので、この場合にのみバントは有効だ、という結果になる。

つまり、バントをしてその後に得点が入ったかどうかではなく、試合に勝ったかどうかを判断基準にしているのだが、そこがどうにも落着かない。

著者は野球を「27個のアウトをとられる前に多くの得点を稼ぎ、失点を抑えながら相手側から27のアウトをとっていく」スポーツだと言う。
その観点から言うと、ある場面でバントを行なって得点したとしても、貴重なアウトを1つ献上することで、次のチャンスを作る機会がその分目減りしてしまったら効果が相殺されてしまう、ということが言いたいのだろう。
しかし、そういう、「走者を進塁させることのメリットよりも、アウトを1つ増やすデメリットの方が大きい」ということを証明したいのなら、この検証は雑すぎないだろうか。
少なくとも、最終的な試合の勝敗の確率を見ることでは検証にならないように思える。

まず、試合の勝ち負けには、様々な要素があるし、攻撃の仕方は、実際の試合の中では、いつも同じとは限らない。
イニングごとに分けて無死走者1塁での攻撃と1死走者2塁での攻撃の勝利確率を計算したところで、試合の勝ち負けを決めるのは、その1プレーだけではない。
バントの有効性を検証するのに勝利確率を用いるのは、その回で試合が決する9回、それも9回裏以外では、バントの効果以外の要素が多すぎると思える。

それに、野球の27個のアウトは連続しているわけではない。
3アウトを1イニングとしてそれを9回積み重ねるのが野球だ。
バントでアウトを1つ増やすことによって、攻撃の機会が目減りするのは、あくまで1つのイニングの中だけの話で、1回にバントをしたばっかりに9回の攻撃の時に2アウトまでしか攻撃できない、などというシステムにはなっていない。
したがって、検証すべきは試合全体としての勝利ではなくて、バントをした場合としなかった場合で、そのイニングに平均何得点したか、ではないだろうか。

また、色々なシチュエーションで検証しているが、それは細かい分析のように見えて、実は大雑把でもある。
例えば、「後攻チームが1点差で負けている状況」というシチュエーションの中には性質の異なるものが混在している。
つまり、例えば7回時点で1-0の1点差と8-7の1点差は同じではないはずだ。
前者は投手戦で容易には点が取れない状況だし、後者は乱打戦で点の取り合いだ。

また、無死走者1塁からバントすると1死走者2塁になるという前提で話が進められているが、現実には守備側のミスによって無死走者1・2塁とか1・3塁になることもある。
それはアクシデントだから統計の際には排除するのだ、ということかもしれないが、ミスを誘発することだって効果のうちではないだろうか。
野球にはエラーが付き物なのだから。

結局、Aの分析もBの分析も、いまひとつしっくり来ない。

野球というスポーツは、様々なスポーツの中でも、とりわけ数値化ということになじむスポーツだ。
だから数値から野球を見るというのは面白味はあるのだが、こういう齟齬や納得できない部分があると、まだまだお遊びの域を出ていないという気がしてしまうのである。

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July 23, 2011

アナクロ放送

電波は変わっても内容は変わらず。

先日、ドイツに移籍した宇佐美貴史が長岡京市出身と書いたが、ウィキペディアの長岡京市の項目を見ると、その他にスペインにいる家長昭博や女子日本代表の海堀あゆみも長岡京市の出身らしい。
一体いつから長岡京市はこうして日本代表クラスの実力のあるサッカー選手を輩出するような土地になったのだろうか?
不思議だ。

それと、種ともこやブリリアントグリーンの川瀬智子も長岡京市出身だというのだが、全然知らなかった。

いやぁ、山中すみかだけじゃなかったんですね(笑)

ちなみに私の同級生でタレントになった女子がいるのだが、彼女は転校生だから、長岡京市出身ということにはならないのかな、こういう場合。
某大手の水着キャンペーンガールにもなり、一時期それとは別の企業のテレビCMに出ているのも見かけたことがあるが、パッとしないまま消えたという印象があるな。

――――○――――

テレビと言えば、以前も触れたように、私はアナログ放送が停波となるのを機にテレビを見るのをやめることにしたのだが、一つだけ楽しみにしていたことがある。

アナログ放送終了の瞬間を見ることだ。

ところが、なんと、アナログ放送の終了は24日の正午だって言うじゃありませんか。

仕事中だから見られない(泣)

てっきり日付が変わると同時に終了するもんだと思っていたのに。

残念だ。

もう一つ残念なのは、これでNHKの受信料とも無関係になると思いきや、携帯電話のワンセグ放送でも受信料は発生するということ。

それぐらいは見逃してくれよ。

――――○――――

先日、運転免許証を更新した。
相変わらずペーパードライバーのおかげで、ゴールド免許なので、地元の青梅警察署で更新できる。

今回の免許証にはICチップが組み込まれていて、本籍地のデータはそこに保存されるため、免許証の表面からは本籍地の欄がなくなった。
それを読み出すために暗証番号を2種類決めなければならない。
その方が安全ではあるわけだが、めんどくさいよ。

しかも、それが実際に必要になるのは「この辺りでは横田基地に入る時くらいですね」と講習担当の警察官が言う。

将来的にはもっと色々なデータを入れていくつもりなのだろうが、現時点ではほぼ無意味ということですな。

また、知らぬ間に制度が変わって、区分が中型免許になっていた。
平成19年の法改正以前に取得した普通免許が中型免許に組み入れられるということだが、8トン以下の車しか運転できないので、実質的な変化はないそうだ。

まあ、どうせ運転しないからどうでもいいが。

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July 22, 2011

タガログショッピング

カタログショッピングもすっかり時代遅れになりましたが。

ガスコンロを新調した。

家を新築してから10年余り。
新築時に作りつけたのは3口+グリルのガスコンロだったが、吹きこぼれなどをきちんと掃除せずにほったらかしていたら、色々不具合が出てきた。
火を扱うものだけに、火災の原因になっては困ると思い、買い換えたのだ。

3口+グリルという構成は以前のままだが、カタログを見ていてひとつこだわったのは、グリルを両面焼のものにすることだった。

というのも、私のインチキ料理のレパートリーのひとつがホイル焼だから。

これまではオーブントースターでホイル焼を作っていた。
しかし、家の契約アンペア数が20Aのため、エアコンをつけたままオーブントースターをスタートさせるとブレーカーが落ちてしまうので、難渋していた。
そこで、以前のコンロのグリルでホイル焼を試してみたのだが、これが片面焼グリルだったので、どうしても火がうまく通らない。
そんなわけで、両面焼のグリルが欲しかったのだ。

さて、購入時にこだわったのは、その点だけだったのだが、いざ購入してみたら、ちょっと驚きの機能があった。

炊飯機能である。

てんぷら鍋が加熱しすぎで発火しないように、一定の温度以上になると火が消えるというセンサー消火機能があるが、そのセンサーの働きで鍋の温度を計測しながら自動で火加減をして、勝手に炊飯してくれる機能がついていたのである。

5年ほど前に電気炊飯器をダメにしてから、自宅では米を炊いていなかったのだが、これならばいま家にある鍋で米が炊ける。
これは面白いと、早速ありものの鍋で試してみると、まあまあうまく炊けた。

それ以来、しばらくやめていた自炊を再開してしまった。
自炊ったって、米を炊くだけで、おかずは作ったり作らなかったりだが。

以前と違うのは、食べすぎを防ぐため、1度に1合しか米を炊かないことだ。
学生時代は普通に2~3合炊いて1食で食べていた。
炊き込みご飯なんかだと、当時使っていた炊飯器の最大量である3.5合、目一杯に炊いて全部食べていた。

太るわけだ。

もう歳も歳なので、1合で我慢することにしたのだ。

ところが、そうなると家にありものの鍋では、ちょっと物足りなくなってきた。
というのも、家にある鍋で炊飯に使えるのが口径26センチの鍋なのだ。
この口径の鍋で1合の米を炊くと、炊き上りが鍋底に1センチ程度になってしまい、ふっくらと炊けないのだ。

そこで、もっと口径の小さい手頃な鍋がないかと探し始めた。

地元のスーパーで購入したのは口径18センチのステンレス鍋だった。
ちょうど良さそうな形をしていたのだが、コンロのマニュアルを熟読していなかったので、これが大失敗。

コンロのマニュアルにはステンレス製の鍋は「薄手(2.5mm以下)のステンレスなべの場合は焦げつきやすくなります」と書いてあったのだが、私が買ってきたのは底面の厚みが0.5mmという代物だったのだ。

マニュアルの指摘通り、真っ黒焦げになった。

ちなみに土鍋は使えない。
金属でないと温度センサーが機能しないからだ。

つまり、金属製で厚みのある鍋でないといけない。

結局、地元ではこれはというものが手に入らず、今度は立川に出掛けてみた。
伊勢丹にセレブなマダムに人気のルクルーゼの鍋があった。
良さげな感じはするが、いかんせん高い。
口径18センチほどのもので、4万円近くする。

それだったら電気炊飯器を買うよ。

そんなこんなで、とうとう、新宿の東急ハンズまで足を運んだ。

そこで見つけたのが、フェラミカという会社のKAWAGUCHI i-monoというシリーズの口径15センチのホットパン。
埼玉県川口市の鋳物の鍋で、ほうろう加工してあるもの。
15,750円と安くない値段だったので、ちょっと迷ったが、気に入ったので思い切って買った。

いや、この値段でも炊飯器買えますけどね。

早速米を炊いてみるが、思いっきり吹きこぼれる(泣)

くそー、高かったのに。

しかし、ふとあることを思い出した。
以前テレビで、土鍋で鯛めしを炊く時に土鍋のふたを布巾で覆っていたような気がする。

最初に米を炊いた時、鍋のふちとふたの形作る溝に一旦水が溜まって、それから吹きこぼれた。
ということは、この溝になっている部分に布巾(家にないのでハンドタオルで代用)をつめるようにすれば、吹きこぼれとなる水を吸い取ってくれるのではないか。

実際にやってみたら、案の定、うまく吸い取ってくれた。
最初の大量に吹き出てくる水さえ吸ってしまえば、あとはタオルをはずしても大丈夫なのもわかった。
最初の水だけ吸わせて、すぐにタオルをはずせば、熱でタオルが燃え出したりする心配もない。

コンロでの炊飯の欠点は、保温ができないことだが、その点も、この鍋は厚みがある分すぐには冷めない。

いまのところ、使い心地はまあまあである。
おこげができるところが、なんだかそれらしくていい。

ただ、まあ、味の違いとかは聞かんでくれ(笑)

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July 21, 2011

ペリー老眼

読み始めた時は若かったのに(ウソです、1巻も読んでいません)

昔の知り合いのブログを読んでいたら、最近老眼鏡を買ったという話が書かれていた。
視力が良いのが自慢だったのにねぇ。
ちなみに、この人物は私と同い年の46歳だ。

先日、1ヶ月ぶりに友人と会ったが、その間にメガネを買い替えており、≪シニアレンズ≫になったとぼやく。
こいつは大学の同期だが、私は一浪しているので、45歳と1歳下だ。

かく言う私も、実は同じ時期にメガネを新調した。
勿論と言うか、何と言うか、遠近両用のレンズにしたのだった。

同じ時期に、同じ様な年齢の人間が、それぞれ別に、老眼対策をしたというのが、何と言うか物悲しい。

ところで、メガネを替えるのは、かれこれ11年ぶりだ。
その前のメガネも10年ぐらいかけていたから、10歳からのメガネ人生36年のうち、半分以上を2つのめがねで過したということになる。
ちょっとメガネを替えなさ過ぎな気もするな。
でも一式6~7万、ちょっと気張ると10万を越えるようなものを、そう頻繁に買い替える気にはなれない。

その前になると、小・中・高・大と学校が上るごとに買い替えていたはずだが、正確な記憶がない。
中学時代にサッカーをして遊んでいる時に、顔面にボールを受けてメガネが大破したことがあるのと、中学か高校の時に、フレームの一部がなぜか破断したため、アロンアルファで接着してしばらくそれでごまかしていた時期があるので、少なくとも6つぐらいのメガネは使用したはずだが。

それはそれとして、前回メガネを買ったのが11年前とわかるのは、ある事情がある。

メガネを新調した直後に、職場の宴会があり、その帰路、酔っ払った状態で自転車に乗って転倒し、頭を強打した(酔っていて記憶にない)。
意識が戻った時には、頭から血を流して路上に倒れており、そこを近所の人に発見され、救急車で搬送された、という恥ずかしい思い出がある。
その時に搬送された病院の診察券が現存しており、そこに平成12年と明記されているからだ。

で、今回だ。

新しいメガネにして1週間目の日、少し残業して暗くなってから職場を出た。
世は節電のため、道路の街灯が半分消されていて、足元が暗い。
その結果、歩道の縁石がよく見えず、その段差につまずいて転倒。
荷物を持っていたため、とっさに手が出ず、顔面を強打してしまい、メガネのレンズに傷がついてしまったのだった。

フレームは壊れなかったが、たった1週間でレンズを入れ替えるはめになってしまった。

おまけに、膝も強打したのだが、こちらはいまだに違和感が残っている。

俺はメガネを替えるとこける運命なのか?
まあ、2回目だけど。

一つ助かったのは、今回はほんの気まぐれで、同時に2つメガネを作っておいたことだ。
仕事用と遊び用というつもりで。
仕事用の修理を終えるまで遊び用のメガネで出勤するという結果になったが、まあ、遊び用といっても別にふざけたメガネではないので、特に問題はなかった。

いや、待て、もしかすると、遊び用のメガネの時に、もう1回こけるかも知れんぞ、運命なら(笑)

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July 20, 2011

金目ダル

金目教の信者になったダルビッシュ。

この分量ならツイッターでも始めればいいのだけど。

女子サッカー日本代表

サッカー女子日本代表

サッカー日本女子代表

どれが正しいの?

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July 14, 2011

日本の鯱

そうふんぞり返るなよ。

宮尾すすむ氏が亡くなられた。

私は宮尾氏とは一面識もないが、勝手に親近感を抱いていた。
それと言うのも、かつて父親から、氏より先に亡くなられた宮尾すすむ夫人は自分の教え子で、結婚式にも恩師として招かれた、という話を聞かされていたからだ。
ベーコン数に倣って言うなら、宮尾数3ということになるか。

ご冥福をお祈りしたい。

―――○―――

今朝のテレビで、その宮尾氏の訃報と並んで、ただし規模としてはより大々的に取り上げられていたのはサッカー女子ワールドカップで日本代表が決勝に進出を決めたという話題だった。

私はサッカーにあまり興味がないので詳しく知らないのだが、それってそんなに大騒ぎすることなの?
という感想をもってしまうことは否めない。

別に水を差すつもりはないのだが、日本の国際的な位置づけからすれば、それくらい当然じゃないのかという気がする。

経済力のある国はその分スポーツにお金を使えるわけだし、中東やアフリカといった男子のサッカーでは強豪の多い地域では、イスラム教の存在によって女子はサッカーに限らずスポーツがやりにくい環境下にあるわけで、その分敵は少ないはずだし。

経済力があり、女子がスポーツをすることを禁じるような戒律がない日本は、少なくとも決勝トーナメントの常連国であっておかしくないはず。

それがそうなっていなかったのは、何かが間違っているからではないのかと、ふと思ったりするわけだ。

―――○―――

サッカーにあまり興味がないと言えば、宇佐美貴史という選手のことを、今度ドイツに移籍するとかいうニュースで初めて知ったのだが、彼は私の実家のある京都府長岡京市の出身らしい。

私にとって長岡京市出身の有名人と言えば、山中すみか(有名じゃないとは言わないで)なのだが、これで長岡京市出身者で一番の有名人は宇佐美ということになるのだろう。
ドイツで結果を出せればの話ではあるが。

それより気になるのは、移籍と同時に田井中蘭というタレントとの入籍も発表したらしいのだが、この彼女も長岡京市の出身だと言うことだ。

私の中学の同級生に田井中姓の人物がいるのだが、その親戚だろうか。
同級生本人は女性だから、婿養子を取ったとか離婚したとかいう事情がなければ姓は変わっているはずで、彼女の娘ということはないかもしれないが、年の頃としては娘でもおかしくはない。

ま、それも知らない程度の仲の同級生なので、気にしてもしょうがない、どうでもいいことだが、自分がすっかり熟年であることを実感する。

結婚していない者にはなかなか感じづらい時の流れだが、それを他人の子で感じることになるとはね。

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July 10, 2011

東京スッパイツリー

先は甘くない。

東京スカイツリーも外観は概ね完成し、新たなランドマークとして人気を集めている。

ふと思ったのだが、今後、東京スカイツリーを歌詞に織り込んだポップスは生れてくるのだろうか。

1980年代から90年代にかけて私が愛聴したピチカートファイヴやその周辺では、“東京タワー”は東京を象徴するものとしてしばしば歌詞に歌われたり、PVの映像に取り上げられたりしたものだが。

例えば、ピチカートファイヴの『キャッチー』という曲では

新しい私の部屋は東京タワーが見える
とってもキャッチー

なんて歌詞があるし、ピチカートの二代目ボーカルだった田島貴男が井上睦都実に提供した曲はタイトルがそのまま『東京タワー』だった。

東京タワー見上げれば
粉雪舞い降りて
閉じ込めた思い出が
少しよみがえる
この街を愛してる

なんてフレーズもある。

とりわけ好きなのは、ピチカートファイヴのオリジナルメンバーだった鴨宮諒のユニットであるマンナの『自転車と夏と』。

ゆるやか坂道をひと息におりたら
晴れた空の下で
東京タワー退屈そう

これ以上ないくらい、“東京”だ。
いや、“トーキョー”かな。

実際には、私自身の当時の生活圏からは新宿副都心の高層ビル街はよく見えたが、東京タワーはあんまり見ることはなかった。
それでも、こういう曲によるすり込みがあるので、新幹線で東京駅に入る直前に浜松町あたりで見る東京タワーや、羽田空港からバスで地元方面に向う途中、首都高を通る際に見る東京タワーに、「ああ、東京に戻ってきたな」という感慨を抱いてしまう。

新参者の東京スカイツリーには、まだそんな気持ちにはならない。

「おお、でかいな!」

という思いしか浮かんでこない。

大体、私は東京以外の土地からやって来て、皇居より西側を“東京”として生活してきたので、隅田川より向こう側を“東京”とは認識していない部分がある。

元々は下総国だしね。

まあ、それは江戸時代初めまでの話だけど。

“東京”というより“江戸”のイメージになってしまうのだ。

その意味で、『東京スカイツリー音頭』が真っ先に作られたのは、納得のいく話ではあるのだ、私には。

さて、30年、40年先には、どういう存在になっているのだろうか、スカイツリーは。

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