銭湯に限るわし
「早川サン、温泉も良いけど銭湯も良いね」
「イヤ、大げさな温泉より、僕は銭湯の方が気軽で良いな、日本人は銭湯だよ、アレック」
「台湾人生」を観ていて、ある写真を思い浮かべた。
私は大日本帝国の旧植民地の絵葉書や写真帖を集めているが、そのうちの1冊に「南方の拠点 台湾 写真報道」(昭和19年2月5日 朝日新聞社)という写真集がある。
結果的に植民地統治の終了まであと1年半という時期に出された、植民地統治の成果を記録したものである。
まさに≪日本語世代≫の当時の姿がそこにある。
その紹介するところによれば、昭和17年における人口は福建系本島人が75%、広東系本島人が13%、高砂族が3%、内地人が6%、その他が3%。
その他の大部分は中華民国人だという。
1%にも満たない少数の朝鮮人(2700余)がいたそうだが、これもその他に含まれるのであろう。
総人口の明記がないが、高砂族が約16万人と書かれているので、それから推すと約530万人といったところか。
国語普及率、つまり日本語の普及率のグラフがある。
昭和7年=22.7%
昭和12年=37.8%
昭和13年=41.9%
昭和17年=60.0%
案外低い。
これは、日本の領台以前にすでに一定の年齢に達していた世代は、日本語が習得できなかったということなのだろう。
実際、この本には、87歳で日本語の勉強をしている廣江直子さんの写真がある。
もちろん、『廣江直子』は改姓名である。
また、適齢児童就学率というグラフもあり、それによると昭和16年の本島人の就学率が61.54%(これはグラフで最高)、高砂族の就学率が67.26%(最高は昭和10年の74.97%)となっている。
つまり、「台湾人生」に登場する楊足妹さんのように、学校教育から漏れてしまった者も多く存在したということでもあるのだろう。
本の刊行時期を反映して、筆頭に取り上げられているトピックが昭和20年度から台湾でも徴兵制が実施されるという話題。
続いて陸海軍の特別志願兵、そして高砂義勇隊が取り上げられている。
高砂義勇隊のページには、フィリピンで彼らを活用した陸軍中将・本間雅晴による高砂義勇隊を称える文章と、義勇隊として出征する『川上次男』君の姿と、義勇隊として戦死した青年の遺影を掲げた≪誉れの家≫の写真が掲載されている。
さて、そんな中、強く印象に残った写真がこれである。

キャプションにはこうある
無知と原始の典型たりし高砂の乙女(右)と智性に閃めく現在の高砂むすめ
そうか?
私は物悲しさしか感じないのだが。
私が、この後の歴史を知っているから、そう思うだけか。
私が、植民という行為に否定的だから、そう見えるのか。
この少女は「台湾人生」に登場した≪日本語世代≫より、ほんの少し若いように思えるが、それでも存命なら70代にはなっているだろう。
当時の実情を語れる人も、いよいよ残り少なくなってきているということだ。
この写真を撮影した時の気持ちを聞いてみたいものだ。


Comments
明日に掛ける橋と戦場に掛ける橋が混ざってるでぇ
Posted by: ぽのぽ | August 09, 2009 at 10:55 PM
ご指摘の通りなので、人名を変更しました(笑)
Posted by: liondog | August 11, 2009 at 05:00 PM
そんなせっしゅうな。
Posted by: ぽのぽ | August 12, 2009 at 07:49 PM