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July 05, 2009

エアヌード写真集

このポーズ、服を着ていないと想像するんだ、ほら、見えただろう。

私には海外神社の写真、厳密に言うなら海外神社の狛犬が写っている写真を収集するという、あまり共感してくれる人のいない道楽がある。
そのために、大日本帝国の支配地域を写した絵葉書や写真帖などを買い集めている。

≪海外神社の狛犬が写っている写真≫に関しての競争相手はほぼ存在しないが、それを含んでいるであろう旧植民地の絵葉書や写真帖となると、これは結構、敵が多い。
私はもっぱら古書店から送られてくる目録を見て注文する目録買いをするが、これと思って注文した品が競合して、誰かにかっさらわれることが、ままある。
そのため、極力、目録が郵送されてきたその日のうちに注文するように心掛けているのだが、そうすると別の問題が生じる。

同じものをダブって買ってしまうのである。

古書目録は職場に送られてくる。
職場に関係のない私物の本は自宅に置いている。
すると、自分が何を持っているか頭にちゃんと入っていないので、すでに持っているものなのかどうか確認できないまま、勢いで注文してしまうのである。

最近もそんなことが重なったので、今後そんなことがないように、買ったものをリストアップすることにした。
もともとケチな貧乏人なので、手当たりしだいに買っているわけではない。
今のうちならばそう面倒くさくもなくリストアップできそうだ、と思ったのである。

ついでに、つい神社の写真だけ確認してそれ以外はあまり丁寧に見てこなかったそれらのものを見直してみようという考えもあった。

今後はそういう神社以外の写真の中から、いろいろな尺度でピックアップしたものを本編サイトで紹介していこうとも考えているが、ここでは、それ以外に気がついたことなどを、ちょっとご紹介してみようと思う。

実は、ダブって買ってしまったと思ったものが、じつは微妙に違うことに気がついたものがある。

Img_2500_2

「最新満洲写真帖 附旅順戦蹟」という写真帖がある。
同じタイトルのものを1冊持っているのを忘れて、もう1冊買ってしまった。
この2冊は、表紙の色と見返しの紙の模様が違うものの、装丁は同じだ。

装丁に見覚えがあったので、やっちまったと思って、中身を真剣に見比べたりしなかったのだが、改めて見てみると、不思議な代物である。

1冊の奥付にはこうある。

昭和四年三月五日印刷
昭和四年三月十日発行
昭和四年十月五日再販印刷
昭和四年十月十日発行
昭和六年三月五日三版印刷
昭和六年三月十日発行

発行兼編輯者 和歌山市小松原通一丁目五番地 山崎鋆一郎

印刷者    和歌山市小松原通一丁目五番地 山崎銈二郎 大正写真工藝所

発行所    安東県市場通 文栄堂書店

もう一冊には

昭和五年三月十日印刷
昭和五年三月三十日発行
昭和五年五月一日再販印刷
昭和五年五月十日発行
昭和六年三月一日三版印刷
昭和六年三月一日発行
昭和九年六月十日四版印刷
昭和九年六月十日発行
昭和十年七月十五日五版印刷
昭和十年八月一日発行

発行兼編輯者 和歌山市小松原通一丁目五番地 山崎鋆一郎

印刷者    和歌山市小松原通一丁目五番地 山崎鋆一郎

販売所 新京曙町四丁目六番地 三利公司ビル六号 大正写真工藝所新京営業所

要するに両者とも、山崎鋆一郎の経営する大正写真工藝所というところで製作されたもので、前者は満洲の、朝鮮との国境の町・安東の文栄堂書店に卸され、後者は満洲国の首都・新京に進出した大正写真工藝所によって直販された、ということになるのだろう。

それはいいのだが、発行過程が食い違っている。
文栄堂書店でまだ販売している状態で、自社でも直販を始め、直販用はそれのみの発行日を記載しているということなのだろう。
安東と新京では商圏が違うので、それでいいということだったのだろうが、こうして後になって買い集めようとする者には、一見、別のものに見えてしまう。
特に古書店で目録買いしようなんて人間には、紛らわしいことこの上ない。

もっとも、この2冊、別のものと言えないこともない。
全体の構成や写真に付されたキャプションはほぼ同じなのだが、実は掲載されている写真の4分の3ほどは異なっているのだ。
また、残りの4分の1は同じ写真ではあるが、修正されていたり、トリミングが変わっていたりしているのである。

卸品と直販品が初版段階からこんなふうに異なっていたとは思えない。
その違いの因って来るところは、おそらく発行年の違いであろうと思える。

Img_2518

前者は昭和6年3月の三版、後者は昭和10年8月の五版。
つまり、前者は満洲国建国(昭和7年3月=大同元年3月)の前であり、後者は以後になるのだ。

そのはっきりとした例が、長春から新京への入れ替え。
前者には≪長春≫という都市の写真が7枚掲載されているが、この≪長春≫が建国後に満洲国の首都≪新京≫となったため、後者では13枚の≪新京≫の写真へと入れ替わっている。

Img_2515
例えばこれは、長春駅(上)=新京駅(下)だが、ページのレイアウトは踏襲しながら、写真自体は異なっている。

また、建国前は日本の利権の及んでいる範囲が関東州と長春以南の満鉄沿線にあった鉄道附属地、撫順炭坑などであったため、前者には満洲北部の写真はハルピンしか含まれていないが、後者ではそれにチチハル、ハイラル、満州里など満洲北部の都市が加わっている。

そんな中、唯一あからさまな修正の加わった写真がある。
大連近郊の海岸≪老虎灘≫の写真だ。

Img_2512
写り込んでいる人物や船の姿から、同一の写真であるはずだが、背景になっている地形が変わってしまっている(上が昭和六年版、下が昭和十年版)。
この変更理由はよくわからない。
背景の岬の丘陵の上に何か隠したい建造物があるのだとしても、元々の写真にも何も写っていないのだから、そのままにしておけば十分のはず。
それとも地形そのものを隠蔽したかったのだろうか。
よくわからない改変である。
Img_2513

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