キーラの仁吉
兄貴、いつから目が光るようになったんで?
ヨーロッパの珍しい国の映画と言えば。
一ヶ月少々前、現在全国を巡回中の≪よみがえる黄金文明展~ブルガリアに眠る古代トラキアの秘宝~≫という展覧会を観に行った。
もちろん、例によって、ライオンのモチーフを探しに行ったのだが、まあ、それはおいておこう。
いや、少し触れておくと、ギリシャ・ローマ風とペルシャ風が混じり合った、いかにも両者の間に位置するバルカン半島らしい様子が見られて、興味深かった。
ところで、ブルガリアなどという国は、明治ブルガリアヨーグルトを除けば、ほとんどの日本人にとっては縁遠いものだ。
当然、その歴史も、よくわからない。
私自身は、高校の世界史で習った、東方からブルガール族がバルカン半島に侵入して生まれたのがブルガリアで、部族名が国名の由来である、という程度の知識しかない。
そんなわけで、展覧会の図録には、ブルガリアの歴史が概説されているのだが、それによれば、ブルガリアの建国は西暦681年で、今回の展覧会のタイトルにもある紀元前に栄えたトラキア人とは直接の結びつきはないという。
上記のブルガール族は、6~7世紀にアゾフ海周辺にクブラト・ハンを中心とする国家を形成していたが、クブラト・ハンの死後5人の子による後継者争いで国家は崩壊。やがて、クブラト・ハンの第3子であるアスパルフが一族とともに黒海北岸を西進し、バルカン地方に侵入。当地に居住していたスラブ族と同盟し、コンスタンディノス4世治下のビザンツ帝国と対抗するようになる。ビザンツ帝国は、ブルガール=スラブ同盟による帝国領の侵食に対して、大軍を送り彼らを壊滅させようとするが、逆に大敗を喫し、ブルガール=スラブ連合国家の成立を承認せざるを得なくなる。その時が681年、ということになるわけだが。
ハン(汗)のアスパルフ?
おお、そうじゃ。
今を去ること24年も前、第1回の東京国際映画祭の一部門にNTTベスト30アラウンド・ザ・ワールドという企画があって、その中の1本に「カーン・アスパルカ」という映画があって、私はそれを観ていたのであった。
副題に≪ブルガリア建国の王≫とついていたのに、すっかり忘れていた。
確かに上記のようなストーリーだったよ。
父の死と兄弟の内紛、それを逃れてバルカン地方に到達したアスパルカが、スラブ人と手を結び、東ローマ帝国の軍勢を撃退する、そんな映画だったよ。
社会主義国家らしいマスゲームのような人海戦術で撮影された(要するにエキストラの数が膨大)ローマ軍との戦争シーンの迫力だけは記憶しているが、ストーリーは忘れていた。
まあ、ブルガリアについての基礎知識がなかったからなぁ、映画を観た時には。
図録を見て、およその筋をやっと思い出したよ。
というか、初めて話を理解したよ。
24年ぶりにすっきりした。


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