« November 2007 | Main | January 2008 »

December 19, 2007

免税符

これがあれば、お酒2本とタバコ4カートンまで天国に持って行けます。

旅の最終日。

Cimg_0586
前日に立ち寄るはずだった旧宜蘭神社と文昌廟(ともに宜蘭市)を回った後、台北市内で免税店に立ち寄り、レストランで食事をして、空港へ向かう、という流れ。

ちなみに、文昌廟というのは神社の跡ではないが、かつて宜蘭神社に設置されていた神馬の銅像が祀られている。
廟の向かって左側にその神馬があるのだが、右側のそれに対応する場所にあるのがこいつである。

Cimg_0582
麒麟なのだが、なんだか妙な感じ。

妙と言えば、廟の入口の所に屋台が出ていて、廟の通路に椅子を置いて店にしている。
しかし、その通路は床の張替え工事中。
それでも屋台は営業しているし、客も平気で飯を食っている。

大したもんだ。
Cimg_0593

さて、前回台湾に来た時は、1ヶ所観光に行くと、次は免税店、また1ヶ所観光すると免税店、一体我々は台湾に観光に来たのか、免税店に買い物に来たのかと言いたくなるほど頻繁に免税店に連れ込まれ、辟易したものだ。

もちろん、私とて観光にちょっとばかり足を突っ込んでいる立場だから、それによって旅行社にリベートが入り、それを見越してツアー料金が低めに抑えてあることぐらいは知っている。

Cimg_0591
しかし、あまりにも頻度が高かったので、少々ムカついて、買い物はせず集合時間まで店の外に出てウロウロと街を見物するという挙に出たのであった。

その点、今回の旅は、別の旅行会社が噛んでいる金門島を別にすれば、この日しか免税店やお土産屋に寄らなかった。
すこぶる良心的と言える。

まあ、でも、夕食はともかく、昼食が必要以上に豪華だったのは、レストランからもRが出てたんだろうな。

はっきり言って、昼飯があんなに大袈裟である必要なんかなかった。
大体、我々は神社の旧蹟と狛犬を観に来ているのである。
そして、いずれも野外だから日のあるうちしか写真撮影が出来ない。
悠長に1時間もかけてメシ喰ってる場合ではないのである。
観光バスをチャーターしていて、しかもバスでの移動時間が結構長かったのだから、弁当でも買ってきて、バスの中で喰えば十分なのだ。

団体旅行だから仕方がないことではあるのだが。

前回の台湾旅行のように職場の研修旅行名目の場合と違い、今回は仕事を休んで来ているので、お土産は不可欠だ。
その点でも、最後の最後が免税店というのは、ありがたいスケジュールである。

台北市内の免税店でお土産を買った上、桃園国際空港内の免税店でもお土産を買った。

ヘビースモーカーである父親用に≪長寿≫という名のタバコを買った。
しかし、タバコで長寿とは嫌味なネーミングですな。
だからって、≪短命≫とか≪闘病≫とか≪肺癌≫とか≪不健康≫とは、名付けられないだろうけど。

関空から桃園への行きの飛行機では機内食が出て、それが昼食だった。
帰りも、夕食の時間帯だったので機内食が出た。

それはいいが、テーブルが腹につっかえる。
ホント、飛行機って新幹線に比べると劣悪だよな。
だから嫌いだよ。
いくらエコノミーだからって、俺らはブロイラーか?

腹がつっかえるのは、もちろん私が類稀なデブだからだが。

しかし、いくらデブでも、普段ならシートに深く座り直せば、テーブルが腹に当たるなんてことはない。
ただ、この時は尻が痛くて座り直すのもままならなかったのだ。

そんな訳で、食後は機内食のトレイを速やかに下げて欲しかったのだが、なかなかスチュワーデスが来ない。

一度通りかかったスチュワーデスに声をかけたが、後で来るから待て、と言う。

待ったがなかなか来ない。

ようやくやって来たので、急かすようにトレイを返したら、聞こえよがしに大きなため息をひとつ吐きやがった。

確かに、数少ない日本人スチュワーデスであるキミに客の色々な要望が集中していたのは、見ていてもわかった。
わかったが、その態度は無いだろう?
いちいち説明はしないが、こっちにだって事情があるんだよ。
キミは客商売には向いていないようだから、さっさと別の仕事を探したら?

と言いたいところだったが、尻が痛くてそんな気力は無い。
元々私は≪クレーマー体質≫ではないし。

あ、全然関係ないが、高雄から金門島に向かう飛行機に乗務していたスチュワーデスは、大変にキレイで可愛かった。
ルックス的には、ストライクゾーンのど真ん中。
痩せてる女よりはちょいポチャの方が好き。

何を告白しているんだ、私は。

ということで、関空に到着して、ツアーはここで解散となる。

それぞれがそれぞれの場所へ帰っていくが、東京組は皆同じ飛行機で羽田に向かうことになる。
私は、旅行会社を通さずにチケットを購入したのだが、同じ飛行機であった。

待合室で飛行機を待っている時の様子では、それほど多くの乗客がいるようには見えなかったのだが、いざ乗り込んでみると、ほぼ満席であった。
こんな時間の関空―羽田でこんなに需要があるのか、伊丹ならビジネスマンが利用するだろうけど、と思っていたのだが。

ふと、少し前の方の席を見ると、いかにもスッチーな風情を漂わせた女性が数人座っている。
さらに、羽田に到着して下りる際に後方の席を見るとざっと20人ばかり(もっといたかも)の、明らかにスッチーな女性の一団がドドーンと座っていた。

なるほど、勤務のローテーションの関係で、羽田に向かわなくてはいけないスチュワーデスが大量に乗り込んでいたのか。

そういう≪貨物便≫に客を乗せるんなら、料金も安くしろよな。
座席が狭くて辛かったんだから。

羽田からはバスで立川駅まで帰ることにする。

青梅まで帰る私は、鉄道だと最低2回は乗り換えなければいけない。
それも平日の10時・11時台の品川や新橋や東京あるいは新宿という面倒な時間帯の面倒な場所で。
大きな荷物を持って。

だからバスにした。

およそ1時間で立川駅に到着。
快適であった。

尻の痛みさえなければ(苦笑)

帰宅は結局、日付が変わって11月29日の1時半過ぎとなった。

かくして4泊5日、個人的には5泊7日の有意義な旅を終えたわけである。

いまだに尻は痛いが。

| | Comments (0)

December 18, 2007

ご苦力様でした

意味はあるような無いような。

四日目はこんな感じ。

金門島→松山空港(台北市)→旧基隆神社→河東堂獅子博物館(見学、宿泊)

Cimg_0270
午前中は金門島を回り、土産物屋に連れ込まれ、昼食を取ってから、空港へ。

手荷物検査の列に並んでいると、金門島内だけを案内してくれた現地ガイドが、突然私に、「あなたは中国語が出来ますか?」と聞いてきた。
なんで急にそんなことを聞いてきたのかはわからないが、「出来ないけど、この程度ならわかりますよ」と言ってから、

麻煩[イ尓]了!

と言ったら、変な顔をされた。

あれ、確か「ご苦労様でした」って意味じゃなかったかな、間違ったかな。

いま、辞書を見直しているが、どうもこれからかける手間や面倒に対していう言葉のようだ。
つまり、「よろしくお願いします」なわけで、そりゃ別れの時に言っちゃおかしいわな。

Cimg_9701
それにしても、尻を打っているので、飛行機のシートが辛いこと辛いこと。
最悪だ。

最悪と言えば、金門島を離れる直前、デジカメのバッテリーがあがりそうになってしまい、慌てふためく。

今回はデジカメを2台持参し、1台は換えのバッテリーも用意していたのだが、荷物が多くなるからと充電器は持参しなかった。
メモリーは不足するかもしれないけど、現地で買えばいいや、バッテリーはこれで何とかもつだろう、そう高をくくっていたのだった。

Cimg_0276
こんなことならフィルムカメラも予備で持ってくるんだった、と悔やんでいたのだが、偶然にも一行の中に私とは機種は違うが同じキャノンのデジカメを使用している人がいて、確認してみるとバッテリーが共通していたので、その人の持参した充電器で充電させてもらって事なきを得た。
感謝に堪えない。

それにしても専用バッテリーはこういう時に不便だ。
充電器はかさばるし、市販の電池は使えないし。

長年使っているPowerShotG1だが、バッテリーが急に切れるので、いつも困る。
バッテリー残量の表示が、あがってしまう直前まで、満杯の表示のままなので、対処し難いのである。
せめて3段階ぐらいの表示があればいいのだが。

ま、ダメな時はどっちみちダメなんだけど。
特に連続して長時間使用している時は、一気にダウンしてしまうし。

市販の電池が使えるデジカメを持っておく必要があるかなぁ。

さて、松山空港は台北の市街の中にある。
昔の香港の啓徳空港ほどではないが、大阪の伊丹空港並みにはスリリングな着陸を楽しめる。
特に、先日泊った圓山大飯店の真ん前を飛んで着陸していくところが、ちょっと快感であった。

先日触れた台風は、幸いにも台湾に上陸しなかったが、台湾東海岸に大雨を降らせ、一部で土砂崩れも生じるほどの被害を与えていた。

我々一行の目的地はとりあえず無事だったので、一部翌日に持ち越しにはなったものの(天候が悪くまた時期的に日も短いので、写真を撮れる状況ではなかったから)、予定された場所は回って、その日のホテルへ。

このホテルが、実は獅子博物館を併設している。
ホテルとしては≪理欧海洋温泉渡假中心≫という名称。
英語にすると≪Leo Ocean Resort≫。

そうか、ライオンを≪Leo≫と呼ぶ場合には≪理欧≫になるのか、勉強になった。
と思ったが、私の持っている辞書には出ていない。
勝手な当て字なのかな?

名前にあるように、海際にあり、温泉もあるホテルである。

Cimg_0520
しかし、海は台風で大時化。
えげつない波が打ち寄せている。

温泉は、その海際にある温水プールの事を指しているようだが、大雨でとてもそんな所には入れない。

獅子博物館を見たいだけの私には、どうでもいいことだが、それに期待していた人も一行にはいたようで、その人たちには魅力半減といったところだっただろう。

Cimg_0413
その獅子博物館は、もう楽しくて仕方がなかったが、説明キャプションがほとんどないのと、ここにあると聞いていた資料(日本狛犬とされているもの)が展示されていなかったことが少し残念。
それと、購入した図録に掲載されていた靖国神社の狛犬そっくりのものが、やはり展示されていなくて、非常にがっかりした。

もう一つがっかりしたのは。

Cimg_0518
ホテルの建物の地下1階と地下2階が獅子博物館なのだが(もっとも、斜面に建てられた建物なので、入口から見ると地下だが、海側から見るとそこが地上1・2階なのだけれど)、よく見ると、その地下1・2階にも客室がある。
しかも、我々の一行にそこに泊る人もいる。
その部屋には展示室の一部を通過して行かないとたどり着けない。

博物館の営業時間があるからということで、先に見学した後で食事となったのだが、そこに部屋もある以上、博物館が閉館となっても、照明は点いているのではないか。

そう思って、食事が済んで一行が部屋に戻った後、一人でもう一度獅子博物館へ行ってみたのだった。

真っ暗でやんの。
チクショー!

ちなみに、食事だが、リゾートホテル(笑)なので、刺身が出た。
ちょっとビックリ。
そして、リゾートホテル(笑)なので紹興酒は置いていないのだそうだ。
いや、実際には偶然1本だけあったということで、飲むことはできたが。

台湾人のリゾート観の中には紹興酒は含まれないわけですな。
日本人がワインにかぶれるようなもんか。

しかし、リゾートホテル(笑)なのに、客に荷物を運ばせてはイカンよ、エレベーターも無いのに。

他のことも含めて、少々従業員教育がなってないかも。

翌朝、雨も小止みになったので庭に出てみる。

庭内のあちらこちらに獅子像が配してあって面白い。
面白いが、展示しきれない獅子像が無造作に寄せ集められているところがあって、苦笑する。

Cimg_0349
愛があるんだかないんだか。

なお、この写真は私の一番のお気に入り、通称『カイーの』である。

間寛平はこの獅子を見たことがあるに違いない(笑)

| | Comments (0)

December 17, 2007

ハイスクール金門組

金門島からやってきた五人組。

さて、旅行三日目。

この日は金門島に行くことになっていた。

旧台南神社(台南市)→旧高雄神社(高雄市)→高雄空港→金門島→島内を回って島内泊

という予定である。

Takao_4
実は、この頃台湾では台風が接近中で、ツアーの人々の間では飛行機が飛ばないんじゃないかなどという声も出ていた。
実際、前日の夜から雨がパラつき始めていて、高雄市内に着いた頃には本格的な雨になっていた。

ま、無事に金門島には渡れたが。

Kinmon_3_3
金門島は最前線の島としてその名を知られるが、戦争の仕方が変わってしまった今、さしたる軍事的価値は無いだろう。
1949年ならいざ知らず、2007年の今は、こんな島は無視して、いくらでも台湾本島に直接侵攻できるはずだし、逆に落とすつもりならこんな島いつでも落とせるだろう。

Kinmon_1_3
詳しいことには疎いが、状況の変化もあって、10年余り前から、金門島内の軍備を大幅に縮小し、対岸の中国福建省のアモイとの間では人の行き来が認められるようになっている。
だから、今は≪最前線の島≫が売りの観光地である。

なにしろ、軍事施設跡が観光の目玉で、代表的なおみやげ品は中共がバカスカ打ち込んできた砲弾の残骸を再利用して作った刃物だというのだから、半分冗談みたいなものだ。

Kinmon_2_2
まあ、一応、海岸には地雷があるので立ち入るなという看板はあったりしたが。

また、金門島行きの飛行機に乗る際には、国内線にもかかわらずパスポートの提示が求められる。
それももはや建前に過ぎない気はする。

観光化も進みつつある金門島だが、いたって殺風景な島である。
夜も店が閉まるのが早い。

Kinmon_4_2
ただ、この島は、中国・台湾全体から見ても、伝統的な習俗がよく残っている土地で、特に魔除けなどの民間信仰がよくその姿を留めている。
我々の今回の目的もそこにあったし、今後の観光開発のひとつの軸としていこうという地元の意図も感じられた。

しかし、今回泊まったホテルは、実に微妙である。

圓山大飯店の昔のアパートみたいな鍵と違い、カードキーで、しかも、ドアの読取り機にかざすだけで鍵が開くという新しい設備を持っている。
部屋の内装もキレイだ。
見た目に立派な戸棚があり、中国の聞茶に使用する茶器などが置いてある。

そのくせ、実際に部屋においてあるのはジャスミンティーのティーバッグであるというところが、実に中途半端だ。

また、部屋の照明が少ない。
ベッドライトはあるが、デスクライトが無いので、メモを書いたりするのが難しい。

ビビッたのは翌朝だ。

レストランが6階にあるので、そこで朝食をとって、自分の部屋に戻ろうとエレベーターに乗ったのだが、降下し始めたと思った途端、6階と5階の間で突然ストップしてしまったのだ。
乗り合わせた同じツアーの人がボタンをあれこれ押したりしているうちに、また動き始め、5階で止まったのだが(全ての階のボタンを押してあったので)、エレベーターの床と5階の床が5~10センチほどズレている。
これは危ないというので、皆そこで下りて、階段で自室のある2階まで下った。

結局その後は何もなかったようだが、さすがに肝が冷えた。

ちなみに、先日書いた、観光バスの階段で足を滑らせて尻を強打したのは、この金門島でのこと。

おかげで旅の残り2日間は結構辛かった。

| | Comments (0)

December 15, 2007

高校や杞憂

意味はないのだと思う。

さて、二日目の日程は

剣潭公園(台北市)→新幹線移動→旧東石神社(朴子市)→旧嘉義神社(嘉義市)→飛虎将軍廟(台南市)→旧開山神社(台南市)→台南大飯店(台南市、泊)

であった。

Cimg_9888
嘉義と言えば、高校野球に興味がある人なら、すぐに嘉義農林が思い浮かぶだろう。

私も、中学の時にちょっと高校野球に興味があったので、“甲子園豆知識”みたいな冊子で、その名を知った。
その後は高校野球には興味を失ったのだが。

だから、嘉義には初めてなのに、何となく懐かしいような気分になる。

嘉義神社の跡地を訪ねた時、そこに隣接して野球場があり、その前に嘉義農林が甲子園で準優勝したことを記念するモニュメントがあった。

意味はないが、嬉しく感じた。

Cimg_9636_2
日程の中で、神社とも狛犬とも無関係だったのが、台南市の飛虎将軍廟である。

神社とも狛犬とも無関係なのにそこに行ったのは、ここが日本人を祀った廟だから。

伝説によれば、こういう話だ。

1944年10月12日、台南の上空でアメリカ軍と日本軍の戦闘機による空中戦が行われた。
日本軍の戦闘機は、奮戦空しくアメリカ軍機に撃墜されていく。
さて、そんな日本軍機の中の一機が、被弾して墜落しそうになった。
操縦士がふと下を見ると、墜落していく先には集落があった。
操縦士は、このまま墜落しては集落に被害を与えてしまうと思い、何とか機体を立て直して集落をはずれた地点まで飛行機を導いた後、ようやく脱出した。
これによって集落は難を逃れたが、操縦士は落下傘降下中にアメリカ機に銃撃され落命した。
戦後、集落の人たちの夢枕にこの操縦士が現れたため、廟に祀ることになった。

この操縦士はその遺品から杉浦茂峰兵曹長とされている。

今回の旅の中心人物は、狛犬研究では第一人者の上杉千郷先生なのだが、この方が、帝国海軍の航空隊の飛行士だったので、たっての希望でここに寄ったのだ。

Img_9725
上杉先生が、ここにお布施やらなにやら色々寄進なさったので、廟の管理人が同行した我々にまでこの廟で頒布しているお守りを配ってくれた。
こういう代物。

ちなみに、ここでは午前は「君が代」、午後には「海ゆかば」を流しているそうだ。

それはそれとして、周囲が非常にうるさい。

Cimg_9633
というのも、この廟の周りでトラックを改造したらしい屋台で、大音量で台詞と音楽を流しながら、人形劇を演じているのである。
それも観客もいないのに延々と。
それも3台ほどが、てんで勝手に。

なんでも、これは客に見せるためではなくて、人形劇を神様に奉納しているのだと、現地ガイドが言っていた。

考えてみれば、神楽なんかもそういうものなのだろう。

Cimg_9640
そうそう、変な日本語はなかった、と先日書いたが、この廟のそばにこんな看板が出ていた。

≪東京都≫というのは、≪東京+京都≫という意味ではないのですよ、台湾の皆さん(微笑)

台南では、この旅に誘ってくれたくにさんが、たまたま台湾旅行中の友人と会うというので、私も仲間に入れてもらって飲みに出かける。

店を捜し歩いているうちに、怪しい日本料理店があったので、そこに入ることにする。
日本料理店というか、居酒屋ですね。

焼き鳥だの、シシャモだのといった、日本的なものを頼んでみる。
さすがに刺身は頼まなかった。

出て来た料理は、まあ、可もなく不可もなく。
≪誤解された日本≫といった風情のキッチュなものを期待したのだが、普通のものだった。
それを残念がってはいかんのだと思うが、でも、やっぱ、期待とは違った。

ただ、ひとつだけ「勘弁して」と思ったのは、店にいる間中、BGMとしてエンドレスで「涙そうそう」が流れ続けていたこと。
いや、いい曲だとは思うんですけどね、エンドレスはちょっと(苦笑)

あ、忘れていたが、これより前、ホテルに入ってすぐに、書店に本を買いに行った。
何か資料になるような本を探してのことだが、結局大した物は手に入らなかった。

それどころか。

この書店で、私は台湾の地図帳を買ったのだが、なぜか地図帳が≪ビニ本≫状態で売られていたため、中身を見ないで勘で買ったのであった。
これが、イマイチ使えない地図でガッカリしたのだが、帰国後、神田の古書街に出かけたら、それよりマシな地図が手に入ったのだった。
それも、台湾で2006年に発行されたものなのに、別に中国書の専門店でもない、普通の古書店で。

どないなってんねん。

| | Comments (0)

December 14, 2007

阿里山、阿里山、アラリよ

どちらも旧植民地だからって、混ぜるなよ!

書かなかったけれど、旅の第一日は

羽田→関空→桃園国際空港→旧桃園神社(桃園市)→旧汐止神社(汐止市)→圓山大飯店(台北市、宿泊)

が、ツアーの基本的な流れで、夜になって少し人に会いに出かけたのであった。

で、二日目。

この日は、台北を出発して最終的には台南に至るという日程。

で、狛犬のことを除けば、一番のイベントは今年開業した台湾新幹線(正しくは台湾高速鉄路)に乗ることだ。

乗車したのは台北から嘉義まで。

Img_9715
ちなみに、これが切符で、改札は自動改札になっている。
自動改札機は日本のものほど性能は良くはなく、切符を入れる方向は決まっていて、間違えると通れない。
方向が決まっているのは、飛行機のチケットもそうだが、あれは中でチケットを切断する都合がある。
こちらはそんなことはないのだが。

日本の新幹線の自動改札は、基本的に開放状態になっていて、問題があると閉まるという形だ。
また、一般的な自動改札は、基本的には閉鎖しているが、切符を入れると開く。
降りる時には、切符は機械に回収される。

これに対して、台湾新幹線では基本的に閉鎖されていて、改札機を通った切符を機械から抜き取った時に、閉鎖している板が開く、という形。
降りる時もそうなので、切符は最終的に必ず乗客の手元に残ることになる。

Sinkansen_1
日本の新幹線がベースなので、車体のフォルムは何となく馴染みがある。
そのなじみのある姿に、全く異なるカラーリングがなされているので、なんだかテスト車両みたいな感覚。

ただ、中身は少し違う。

座席が3列と2列になっているところは、同じだが、端に荷物置き場がある。
日本では空港に乗り入れている列車によく見られるあれだ。
そんなに需要があるものなのだろうか。

トイレはものすごく広い。
戸もデカイ。
おそらく車椅子でも使用可能なつくりにしているのだろう。
その分、トイレの数は少ないようだ。
日本だと男女兼用の個室が2つと、男子小用のものが1つの計3つがあるが、こちらは同じスペースに1つしかない。

ただ、駅に車椅子の表示があったから、それ用の車両なのかもしれない。
他の車両までは見に行っていないのでわからない。

車内では日本同様にワゴンを押して車内販売員が来るが、アルコール類は売っていない。
また全車禁煙なので、実に品行方正なものである。

ビンロウも禁止なのかな?

Img_9717
あ、一応弁当もありまっせ。
こんなのが。
ちなみにバックに置いたのは新幹線の駅でタダでもらえる時刻表など。

車窓の風景は、ほぼひたすら田園である。
いや、厳密に言うとそうではないが、初めの大都市である台北から桃園までは、新幹線ホームは地下で、当然路線も地下。
その後はトンネルが多い区間が続き、気がつくと辺りは田園になっている、という感じである。

それにしても、台湾はさして大きな島ではないはずだが、意外なくらいの大平原が広がっている。
線路の走っている位置の関係もあるのだろうが、台中から嘉義の間なんかは、海も見えなきゃ山も見えない、平地のど真ん中である。
不思議なものだ。

Img_9707
さて、嘉義駅に到着。
駅にはセブン・イレブンが設置されていて、新幹線グッズを売っている。
私も、旅の記録のスクラップを作るためのノートと、ストラップ付きのペンを買う。

駅の周りは、何も無い。
市街地からかなり離れたところに駅を造ってある。
線路そのものがそういうところを走っているのだから仕方がないが、それにしても何も無い。
いずれ街が出来ていくのだろうが、そうなる前に一度この何もなさを味わってみて欲しい気がする。

1ヶ所、神社跡を見てから嘉義市内で昼食。
食事を終えてレストランを出てきた時、ふと道路の先を見ると、機関車を入れて4両編成の小さな列車が走っていくのが見えた。

阿里山鉄道である。

全然念頭になかった、というか、観光バスに運ばれていっただけでレストランの位置が把握できていなかったため、そばを鉄道が走っているとは思っていなかったので、偶然の出会いにちょっと感動した。
聞けば、現在は定期便は1日1往復しか走っていないと言うことなので、貴重なものが見られた。

ちなみに、嘉義市内では、バスの車窓から≪鉄道喫茶≫(だったかな)なるものを見かけた。
店頭に小さな客車が置かれていたが、きっとあれも阿里山鉄道のものなのだろう。

レプリカかもしれないけど。

| | Comments (0)

December 13, 2007

木綿の半ケツ

意味は多分無い。

無事に関空に到着し、ツアーの一行と合流。
大過なく出国し、台湾に到着。

到着したのは桃園国際空港。
前回台湾を訪問した時には、中正国際空港と言ったはずだが、いつ改名したのだろう。

空港では、まず、あれを探してみる。

前回この空港に到着した時、建物内の案内表示の中に

荷物引渡レ所

と、堂々と書いてあって笑ったものだが、まだそれが残っているかどうか、キョロキョロ探してみたが、見当たらなかった。
さすがに直したか。

Cimg_9577
そう言えば、今回の旅行では、ほとんど≪ヘンな日本語≫を見かけなかった。
今回は旅の目的がはっきりしていて、日程もギリギリだったので、そんなものに注意を向けている余裕がなかっただけかもしれないが、前回は

レストフン
クうブ
マッサーヅ

などというのが散見されたものだが。

ちょっと笑ったというか、首をかしげたのはこの『床的世界』ぐらいかな。
多分ベッドなんだと思うけど。

逆に、今回目についたのは、≪セクシービンロウ売り≫。

ツアーを組んでいたので、移動には観光バスをチャーターしていたのだが、道すがらやたらと≪セクシービンロウ売り≫が存在しているのだった。

ビンロウは「檳榔」と書くのだが、噛みタバコに似たような嗜好品だ。
試したことはないので、よくは知らないが。

Cimg_0128
ちなみに、日本の公衆トイレには、「トイレットペーパー以外のものを流さないで下さい」とか、「ガムなどを便器に捨てないで下さい」などという表示があるが、台湾のそれには「ビンロウを便器に吐くな」と書かれているものがあった。
お国柄ですな。

で、そのビンロウは、目立つ道路添いに小店舗を構えて売っていることが多いのだが、その売り子が超ミニのスカートにヘソ出しの肌も露わな若いお嬢さん方ばっかりなのである。
前回来た時は、くすんだようなオッサン・オバハンだったのだが。

数年前に日本のテレビで取り上げられたのを見たことがあるので、そういうのが流行しているとは知っていたが、あんなにいるとは。

ついでに言うと、旅の初日に台湾在住の日本人の方々とお目にかかる機会があったのだが、その際に入った喫茶店(?)のウェートレスのお嬢さん方がまたむやみに露出の多い格好で、少々面食らった。
別にそういう店ではないので、普通に飲食物を出したり引っ込めたりしているだけなのだが。

「いやあ、あの娘の半ケツが気になって」

と言うと、

「あれはあの娘だけですよ。日本で以前流行ったのが今頃台湾で流行ってるだけです」

と言われた。

確かに、そんなのが流行ったことはあるが、日本の普通の喫茶店では、あの格好では勤務させないと思うぞ。

さて、初日の宿泊先は、圓山大飯店であった。
ここはかつての台湾神社の跡地であり、それ故に敢えてここに宿泊したわけだ。

圓山大飯店は蒋介石夫人の宋美麗が建てた台湾最高級のホテル、ということになっている。

確かにゴージャスなのだが、いかんせん設備は古い。

なにしろ、部屋のドアがオートロックではない。
屋内側のノブについたボタンを押し込んでから戸を閉めないと鍵がかからない。

昔実家の玄関がこのタイプだったので、妙に懐かしい。

Room_2

私は、いびきで他人に迷惑をかけてはいかんと思い、宿泊は全てシングルにしてくれるよう依頼してあったのだが、この日の部屋はツインのシングルユースであった。
部屋が広過ぎ。
ざっと20畳はある。

何日か連泊するなら気分が良いだろうが、たった1泊では、なんだか無駄に広いとしか思えない。

広さをみせるためにパノラマ写真を合成してみたが、どうも広く見えませんな。
でも、これ、16枚も繋いで作ってるんで、そこのところで想像していただきたい。

それにしても、バカみたいに広いホテルだ。

普通、部屋番号が≪13××≫だったら、13階だと思うところだが、実はこれが別館の2階なのであった。
本館は12階までなの。

で、その別館に行くのが、ほとんど迷路。
行けども行けども部屋にたどり着けない。

2階とは言っても、ホテルは小高い山の上にあるので、場所が良ければ見晴らしはそれなりのはずだが、別館は本館の裏側にあるので、ほとんど何の景色も見えない。

その分、安いのだと思うが。

ところで、台湾在住の方に確認し忘れたことが一つ。

このホテルの開業は1952年。
建設着工がいつかはわからないが、国民党が国共内戦に敗れて台湾に拠点を移すのが1949年だから、それ以降だろう。

すると、日本が戦争に負けた1945年からの数年間、神社はどうなっていたのだろう。

その辺に何か色々ありそうなのだが。

| | Comments (0)

December 11, 2007

飛行機苦悶

あの飛行機雲は、まるで悩んでいるような航跡だなぁ。

先日、ある特殊なツアーで台湾を旅行してきた、と書いたが、そのツアーのタイトルは

台湾の神社旧蹟視察と狛犬に逢ふ旅

というものであった。

そこでの収穫については、とりあえずひとつ軽いネタを文章にしてみたが、おいおいその他の成果もまとめていきたいと思っている。

ここでは、そういう旅の目的からははずれた話を、例によってダラダラと書いてみたい。

旅行の日程は11月24~28日であった。
集合は関西国際空港に午前9時となっていた。

旅を引き受けてくれた旅行会社では、関東から参加する人に対しては、当日の午前6時台に羽田空港から関空に飛ぶ飛行機の利用を推奨していた。
しかし、私の場合、悲しいことに、青梅を当日に出発したのでは6時台に羽田に着くことは不可能なのであった。

そこで、私は当初、23日のうちに京都にある実家に移動して宿泊し、翌朝、特急はるかを利用して関空に行くことにして、実家に泊めてくれるように頼んでおいた。
京都までの新幹線にせよ、はるかにせよ、自由席なら当日でも買えると踏んで、何の準備もせずにいた。

ところが、出発の2週間ほど前になって、実家から電話がかかってきて、かくかくしかじかな訳でこの先当分は家に人は泊められない、と言ってきた。
マジか?

仕方がないので、慌てて次善の策を探す。

まあ、実家がダメでも新大阪駅の周辺に泊まって、翌朝はるかに乗ればいいや、と思って、愛用している旅の窓口(今は楽天トラベルだが)でホテルを探すが、空室が全く見つからない。
範囲を大阪・梅田周辺にしてみても、カプセルホテルしかひっかからない。
京都駅周辺にしてみても同じだ。

そうだ、関空自体にホテルがあったはずだと思い、そちらも検索してみるが、空室が無い。

なんで?

考えてみれば、世の中は11月23・24・25日は3連休ではあるのだが、そんな、11月末の3連休でホテルの空室がなくなるほどの民族大移動が起こるような国だったかな、今の日本は。

やむなく、方針を転換。

羽田空港近くのホテルに泊まって、翌朝の6時台の飛行機で関空に飛ぶことにする。

飛行機の予約は、すんなりと済む。
問題はホテルだ。

新大阪周辺と違い、羽田の周辺はまだ空室があるホテルが見つかる。

色々迷った末、Hというホテルにする。

最寄駅から近かったことと、朝5時から20分おきに羽田空港までの無料バスが出るということから、そうした。
空港まで約10分とも書かれていたし。
また、朝食付きともなっていた。

ただ、空室で残っていたのがダブルルームのシングルユースのみで、値段が10,500円と少々高い。
まあ、それは朝食代とバス代だと割り切ることにして、ここを予約した。

さて11月23日。

職場から一旦帰宅して、自宅を出発。
祝日なので、帰宅ラッシュが無いのがありがたい。

ホテルに着く。
1階はパチンコ屋。
で、パチンコ屋の横の路地を入ったところにホテルの入口がある。
どっちが商売のメインやねん(苦笑)

部屋は確かにダブルだった。
シングルよりは広い。
だが、構造が変。

ベッドのすぐ横が一段高くなっていて、そこに洗面台がある。
バスとトイレは分れていて、洗面台の右手がバスで、左手がトイレ。
バスの入口は段差が作られているので、水が外に流れ出てくることはないが、トイレには段差がないので、万が一トイレを詰まらせたら、そちらの方が部屋より高くなっているので、部屋に水が流れ込んでくるのは確実である。

そんな構造だ。

おまけに、ベッドの枕元のすぐ隣にトイレの戸があるのである。

どういうデザインだよ。

値段が安ければ、別に寝れればいいんだからと気にしないが、これで1万かと思うと、ちょっとムカつく。

もっとムカついたのは、朝食。

朝、レストランに行ってみると、そこにあるのは小ぶりなロールパンとゆで卵のみ。
パンにつけるジャムはあったが。
あとはコーヒーとオレンジジュース。
もちろんセルフサービス。

同じセルフサービス式の朝食なら、地方のビジネスホテルでも、もうちょっとマシなもん揃えてるぞ。
ここは本当に東京か?
こんなの客から金を取るようなもんじゃないよ。

物足りないからってパンを5個に卵3個なんて食事をする気にはならないし、結局、パン2個とゆで卵1つを食べて出かける。

で、関空に着いてから、朝食を食べ直してしまったよ。
まあ、その日の昼食が機内食という予定だったからでもあるのだが。

無料バスは便利だったが、こんなホテル二度と泊まらんぞ。

さて、旅行会社はJALの飛行機を推奨していたが、私はANAの方が好きなので、そちらの飛行機を予約してあった。
ANAのある第二ターミナルの待合室で、搭乗が始まるのを待っていると、だんだん空が白んできて、日が昇り始めた。
空港で見る日の出も悪くない。

また、好天だったため関空までのフライトの途中で、富士山の全体像がはっきりと見えた。

実は飛行機から富士山を見るのは初めてだ。

もちろん飛行機に乗るのは初めてではないが、天気が悪かったり、夜間飛行だったりで、まともに富士山を見たことがなかったのである。

ホテルにムカついた分は、この日の出と富士山でとりあえず元が取れたと思うことにしたのであった。

| | Comments (0)

December 08, 2007

My雑巾

小学生か。

この半月ほどは、えらく慌しかった。

11月24日から28日には、ある特殊なツアーで台湾を旅してきた。

帰国したら、1日おいて11月30日に甲府へ出張。

実は、私が台湾に行っている間に仕事関係の人が2人も倒れて病院に担ぎ込まれ、1人は生還したものの、もう1人はあちらに旅立ってしまわれた。
それに加えて甲府へ出張している間に、自宅の近所でも不幸があった。

その結果、12月3日には、午前中に船橋で仕事関係の人の告別式に出た後、青梅にとって返して、近所の人のお通夜を隣組の一員としてお手伝いするという、葬式の掛け持ちをする羽目になった。

そして、12月6日には、都下某市の生涯学習センターで行われた市民講座で、講師として2時間話した。

まあ、台湾旅行と甲府出張と市民講座は、以前から予定されていたことだけれど、そこに葬式が2件も入ったので、慌しさが増してしまった。

しかも、台湾を旅行中、観光バスの乗降口の階段で足を滑らせて尻を強打、既に10日以上経っているのに、いまだに痛い。
それも、立っている分には痛くないが、椅子に座ると痛いという、実に難儀な症状。

整体をやっている弟に言わせると、尾骨骨折だろうとのこと。
元々不要な骨だから、最近は医者も痛み止めを処方するだけで、別に手術はしないよ、と言うので、放っておくことにした。
病院怖いし(微笑)

ただ、1ヶ月くらいは痛みが続くとのことで、閉口している。

特に痛みを感じるのはバスや電車といった乗り物の椅子。
仕方がないので、椅子に座らず立つようにしている。

おかげで、船橋まで告別式に行った時は、青梅との往復の約5時間、電車の中でずっと立ちっぱなし。

そのままお通夜の受付も立ったままやったので、結構辛かった。

いまも、この文章を書くのに椅子に座っているので、尻が疼く。

市民講座が終わって、一段落ついたから旅の記録をまとめようと思うのだけれど、長時間椅子に居るのが辛いので、なかなかその気になれない。

まいった。

| | Comments (0)

« November 2007 | Main | January 2008 »