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June 29, 2005

ヒロシがカープ?

九州出身じゃなかったの?

掲示板に遠井吾郎が亡くなったという書き込みがあった。
随分懐かしい名前だ。

しかしながら、そのプレーを見た記憶はない。
訃報記事を見ると、1977年に引退したとある。
その時、私はまだ小学生だった。
私がプロ野球をいくらか熱心に見るようになるのは中学生以降なので、記憶がなくても当然である。

にも関わらず、その名は懐かしい。
しかも、フルネームで記憶している。

不思議なものだ。

ところで、遠井吾郎の訃報記事を探していて、奥崎謙三が亡くなっていたことを知った。

こちらの方がより感慨深い。

神軍平等兵・奥崎謙三。

原一男監督の『ゆきゆきて神軍』を観た時のインパクトはすごかった。
その考え自体には共感できる部分もないではないが、その行動については全く理解できない人物。
傍で見ている分には面白いが、絶対に関わりあいたくない人物。
しかし、その得体の知れないパワーには、確かに魅力があった。

映画は、奥崎がその戦争責任を追及していた元上官の息子を銃撃するという事件で幕を閉じる。

その事件のため12年の懲役刑を受け、出所してから、今度は『神様の愛い奴』という映画が撮られる。

この映画を、私は観なかった。
長い歳月の間に奥崎への興味を失っていたし、奥崎がAV女優とセックスするということに何の意味も見出せなかったからだ。

『ゆきゆきて神軍』である種のカリスマとなった人物の化けの皮を剥いでみようということだったのか。
『ゆきゆきて神軍』が撮られた1980年代半ばのバブル絶頂期と、『神様の愛い奴』が撮られた平成不況の20世紀末では、求められるものが違ったということか。

それにしても、奥崎が亡くなった直後に、天皇のサイパン慰霊が行われたことに、皮肉のようなものを感じるのは、私だけだろうか。

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June 26, 2005

生首生米生玉子

ありきたりかな。

こんな記事があった。

無人バイク走行、死亡・大阪(共同通信)

 25日午前9時10分ごろ、大阪市北区の国道バイパスで、「無人のオートバイが走っている」と110番があった。その後、バイパスの十数メートル下に男性が倒れているのを通行人が発見。男性は既に死亡。大淀署によると兵庫県尼崎市の男性(29)とみられ身元確認を急ぐ。同署は、バイクの男性がバイパス側壁に衝突、転落したとみて、ほかの車と接触後転落したひき逃げの可能性もあるとして、調べている。

事故で運転者が振り落とされた後、偶然にもバイクがそのまま走り続けたのだろう。

いやあ、無人のカブじゃなくて良かった>renoさん

それにしても、どのくらい無人のまま走り続けたのだろう。
110番通報が「道端にバイクが倒れている」ではなく、「無人のオートバイが走っている」だったというのだから、結構な距離を走り続けたのだろう。

まあ、実際にはたいした事じゃないけれど、たまたま、「無人のオートバイが走っている」という通報もあったということを、針小棒大に書いているのかもしれないが。

ところで、この記事を見て思い浮かべたのが、有名な都市伝説のひとつ「首なしライダー」だ。

夜道をバイクに乗って走っていると後方から別のバイクが迫ってくる。
そのバイクはものすごいスピードで前のバイクを追い抜いていくが、その時、前のバイクの運転者がふとそのバイクのライダーを見ると、首がなかった。
運転者は驚きのあまり事故を起こしてしまう。

というのが基本的な骨格で、これにいくつかの「首なしライダー」が何者かを説明する話が付随したりする。
これが出現するという場所も、全国各地にあり、私からすると近所である奥多摩湖畔というのも、その中のひとつらしい。

都市伝説には、ドメスティックなものもあるが、国境を超えているものも数多くある。
この「首なしライダー」もそうらしい。

検索してみると、有名な海外ドラマのひとつである『事件記者コルチャック』の一挿話として、「首なしライダー」が登場するものがあるそうだ。
私は未見なのだが、これは日本の「首なしライダー」とどの程度似ているのだろう。
少なくとも暴走族が関係しているという共通点はあるようだが。

都市伝説で首が無くなるというと、これも有名な「白いソアラ」というのがある。

中古車店で激安で売られている白のソアラ。
それには訳があった。
かつて、ふざけてこの車のサンルーフから首を出した人物が、何かの拍子に首をちょん切られてしまったのだ。

という基本に、この車の持ち主が次々と首無しになって死ぬ、という話が付加されることもある。

これで思い出すのは、オムニバス映画『世にも怪奇な物語』の第3話『悪魔の首飾り』である。
フェデリコ・フェリーニ監督、テレンス・スタンプ主演のこの作品を全3話の中で一番怖いと言う人は多い。

私もそう思う。

テレンス・スタンプを死に追いやる少女の姿が、とにかくゾッとする。

まさに悪夢を見ているような怖さだった。

「首」でなぜこれを思い出すかというと……

観ていない人には一見をお勧めする。

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June 25, 2005

なんとはなし

悲しくて目の前が暗くなる、なんとはなし
(サントワマミーの替え歌です)

ライブドアや楽天がプロ野球への参入に名乗りをあげて以来、野球中継とインターネットをどう結合するかというようなことが議論されてきた。
いや、どんな議論があるのかは知らないけれど。

今日、ふと思いついたことがあるので、書いてみる。

例えば、パリーグの試合なんていうのは、地元のテレビ局では中継されても、全国に放送されることはまずない。
だから、これをインターネットで配信しようというのは、まあ、誰しも考えることだろう。

で、考えたのだが、インターネットで配信するのに、何も生中継である必要はない。
もちろん生中継だって良いのだが、それじゃあテレビの代わりをしているに過ぎない。

こんなのはどうだろう。

試合が終了した直後に、その試合に出場した選手に、自分自身でその試合の録画ビデオを見ながら解説させる。
その様子を配信するのである。

テレビの野球中継で、アナウンサーや解説者のステレオタイプな物言いにうんざりすることは、少なからずある。
解説者の説明が本当に正しいのかという疑問も常に感じる。
過去の名選手をリスペクトする気持ちは十二分にあるが、でも試合の中継を見ながらあんたの自慢話を聞くのはごめんだ、と思うこともしばしばある。

そのプレーの時、どういう気持ちだったのか、どういう考えがあったのか、当の選手自身の口から聞いてみたいという人は、多いはずだ。

これは限られた放送時間という制約のあるテレビでは出来ない。
インターネットでないと出来ないことだ。

想定しているのは、こういうやり方。

さすがに試合が終わった直後に、試合時間と同じだけ拘束されるのでは選手にはキツイだろうから、試合に並行して編集作業を進め、あらかじめ1時間以上、2時間以内のダイジェスト版のビデオを作る。
それくらいの長さがないと、スポーツニュースに毛が生えたものになってしまうからね。
収録も球場内でやった方がいいだろう。
テレビよりは簡単な機材で済むはずだし。
全選手を登場させるのは無理だから、ホームチームの選手から2~3人をピックアップする。
したがって、ダイジェスト版もホームチーム目線で作るわけだ。
これをイニング単位ぐらいのファイルに細分化して、いつでもアクセスして見られるようにしておく。

球場に来たホームチームのファンの中から抽選で何人かを同席させ、直接選手に質問させてもいい。
そうすれば集客に繋がる可能性もある。

ナイターの場合は、かなり時間が厳しくなるが、パ・リーグは週末はたいていデーゲームだし、平日だって、試合開始時間を早めればいい。

もちろんこれは選手への負担が大きい。
それに、あまりしゃべりすぎると、次の対戦の時に不利に働く可能性もあるし、負けた試合の後にそんなことをするのは不愉快だろう。

しかし、パ・リーグの、あるいはプロ野球の存亡がかかっている時だ。
選手にも多少の無理はしてもらわないとね。

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June 24, 2005

祖先進呈

いや、そんなもんもらっても。

洗濯をしていて思い出した。

我が家で使用しているバスタオルの一枚に「毎日放送」と染め抜かれたものがある。
これは私の母親が生前ラジオ番組に出演した時にもらった粗品である。

私の母親は和裁の教師をしていて、カルチャースクールみたいな所で教室を持っていた。
最盛期には3~4ヶ所に行っていただろうか。
そこでやっていたのが、着物のリフォームである。
着物をスーツやら何やらに作り変えてしまうという、あれだ。
そのことで取材を受けて、ラジオに出演したらしい。

実は、私もつい先日ラジオに出演した。
と言っても電話インタビューだったので、自宅で電話がかかってくるのを待っていただけで、ラジオ局に行ったわけでもなんでもなく、もちろん粗品なんかもらわなかった。

とは言え、仕事柄、取材を受けることはままあり、そういう時に粗品をもらえることも、あったりする。

一番多いのはボールペンだろうか。

今、目に入る場所にTBSにもらった蛍光ペンとボールペンが一本になったペンと、NHKからもらった紐付きボールペンがある。
探せばまだ何本か出てくるはずだ。

テレビ会社ではないが、ビデオ製作会社からVHSビデオを模したパッケージに入った文房具セットをもらったこともある。
『知ってるつもり』を製作していた会社だっただろうか。
一見面白いが、物はチンケで、どうしようもない代物だった。

その点、NHKは大したものである。
上記のボールペン以外に、旅行に携帯できるような目覚まし付きの小型置時計とか、携帯用小型ラジオなんて物をくれた。
そう高価な物ではないが、ボールペンやタオルに比べれば雲泥の差だろう。

しかし、国営放送だから、スポンサーからただで調達するという訳にはいくまい。
ちゃんと購入しているはずだ。
ということは元は受信料だ。
そう思うと、ちょっと複雑な気分だな。

逆に言うと、民放などはもうちょっとましなものをスポンサーから引っ張ってこれそうなもんだが。

言ってることがケチくさいか?

私などは、取材してくれれば宣伝になるからと思って受け入れているので、出演しても、はなから出演料がもらえるとも、もらいたいとも思っていない。
でも、粗品をもらうのって、そういうこととは別に、何となくうれしいものなんだよね。

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June 22, 2005

Musical Batman

映画公開記念ということで。

“Musical Baton”なるものがまわってくる。

最近何ヶ所かで見かけて、なんじゃこれは?と思っていたのだが、まわってきたおかげでどういうものだかわかった。

とりあえず、今日1日分のネタにはなるので、以下、形式にそって記載してみる。

■ 概要
海外のブログに端を発する、音楽に関する企画。
音楽に関するいくつかの質問が「バトン」として回ってきたら、自分のブログ上でこれらの質問に答え、次の5人を選びその人にバトンを渡す、というルール。
ちなみに「baton」には「指揮棒」という意味もありますので
曲を終わらせることも指揮者の手にゆだねられています。

■ 質問

・ Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)

 これは0である。私には、いまだコンピューターにファイルを置いて音楽を聴く習慣はない。基本はCDである。

・ Song playing right now (今聞いている曲)

 今は、厳密には聴いていないが、直近に聴いていた曲はリーマンズの「リーマン革命」である。
 昨日、元あこや会のくにさんと酒を飲んだのだが、その予習(笑)のためにパール兄弟の『完璧なベスト』を聴いていて、それがプレーヤーに入ったままだったのだ。そのアルバムの最後の曲がこの曲なのである。

・ The last CD I bought (最後に買ったCD)

 6月16日に、渋谷のHMVで、朝日美穂の『HOLIDAY』というアルバムを買った。先日のライブで聴いた「バスタブライムス」という曲が入っていたからだ。
 ライブで聴いた時はとても素晴らしいと思ったが、アルバムのバージョンはちょっとしつこい感じがして、ライブほどの感動はなかった。

・ Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)

 PIZZICATO Ⅴ 「惑星」=一番最初に聴いたピチカートの曲。これが入っているアルバム『BELLISSIMA!』は、今までの人生で一番よく聴いたアルバムだろう。

 Level 42 「Something About You」=これが入っているアルバム『World Machine』は人生で二番目によく聴いたアルバムだろう。

 SCRITTI POLITTI 「THE WORD GIRL」=これが入っているアルバム『Cupid & Psyche 85』は、毎年夏になると必ず聴く。

 Qlair 「リボンのないプレゼント」=一番最初に聴いたクレアの曲。これが入っているミニアルバム『Sanctuary』はもっともよく聴いたアイドルのCDである。

 青山陽一 「Ultra Sonic Bicycle」=これが入っているアルバム『ODREL』は、現時点で青山陽一の最新アルバム。青山陽一は常に最新アルバムが一番良い。現在もっともよく聴いているアルバム。

 よく聴くアルバム主体で選んでみた。基準を変えれば、選ぶものも変わる。大体、1000枚近くCDを持っているのに5曲だけ選ぶのなんか無理だ。

・ Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5人)

 バトンをまわしてくれた『雑記草』後藤氏には申し訳ないのだが、私は昔から、「不幸の手紙」は止める主義の人間である。
 “Musical Baton”は罪のない企画だが、システムはチェーンメールと同じである。
 だから止める。
 まぁ、既に何系統もの流れが出来ているから、私が止めたところで大勢に影響はなかろう。

 なんてね。
 まわしてのってくれそうな相手を5人思いつけなかったのが一番の要因だ。
 友達いないんでね。

 もし、自分にまわしてくれというご要望が5件あったら、考え直す。

以上である。

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June 20, 2005

法被貸すで?

誕生日に法被はいらん。

40歳になった。
およそその実感がない。
40歳ってのは、もう少し大人だと思うのだが。

40歳と言えば、「初老」とか「不惑」とか、人間的な完成を感じさせる別称があるわけだが、程遠い。
身体だけは確実に衰えているのに。

吉川英治が良いことを言っている。
いや、「良いことを言っている」なんて、実にエラそうな言い草だが。

「四十初惑」

そういうタイトルの随筆がある。
要するに、昔の人は「不惑」などと言うけれども、今では40歳ぐらいが人生の節目であり、本当の意味で惑うのはこれからだ、というようなことである。

実際、30代までは勢いだけでやっていけるが、40歳くらいになると、少し周りも見えてきて、そうなると考えるべきことも増えて、惑いが生じる。
まさに「初惑」である。

私の場合は、まだ惑うほどに周りが見えているとは言い難い。
「未惑」というところか。

「不惑」はおろか、「初惑」すら遥か彼方である。

そんなこと言っているうちに、死んじまうんだろうな。

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June 18, 2005

高句麗さん、高句麗さん

なんでこっちを先に思いつかなかったのかなぁ。

青山陽一・林敏明プロデュースのライブ「なんちゃってブルースセッション」を聴きに行く。

種々雑多なミュージシャンが入れ代わり立ち代わりしながら、ブルースを演奏していくというライブ。

「なんちゃって」というのはある種の含羞であろう。
志は、「真面目にブルース」であった。

もっとも、聴いている私の方は、ブルースは普段は聴かないし、林敏明、林立夫、上原ユカリ(←男だぞ)、佐藤博といったベテランアーティストはその全盛期を知らないときている。
客が「なんちゃって」だ。

あまりにも沢山のミュージシャンが、曲毎に出たり引っ込んだりするので、はっきり言って何がなんだかよく覚えていない。
そんな中で印象に残ったことをいくつか。

チッチ&クックというユニット名で登場したのが、加藤千晶と久住昌之。
あの、漫画家の久住昌之だ。
この人が意外に達者なギターを弾くので、驚いた。
しかし、他がほとんどブルースの名曲をカバーする中で、数少ないオリジナル曲をやったのだが、曲名が「ナメクジが嫌い」。
いろんな意味でスゴイよ。

カーネーションの直枝政広が登場したが、その時ギターを弾いたのが元カーネーションの鳥羽修。
久しぶりに見る組み合わせだ。
ちなみに、元グランドファーザーズで現カーネーションの大田譲も出演していたが、青山陽一との共演はなかったな、確か。

キリンジの堀込高樹は、普段ブルースは聴かないということで、何とマイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」をブルース風に演奏しようとしていたらしい。
実際にはやらなかったのだが、聴いてみたかったなぁ、それ。

存在感があったのは、「パンチの効いたブルース」というグループのボーカルの長見順(←女)。
確かにすごいといえばすごいが、こういう味のあるボーカルは、実は私の最も苦手とするところで、チョトつらかった。

終盤に1曲だけ登場したイチハラヒカリは、買いかな。
1982年生まれ、まだ23歳の女性トランペッターである。
私のようなボンクラにもわかるミス(だと思う)があったりしたが、なかなかキレを感じさせる演奏であった(偉そうな)。
ちなみに、顔はちょっと安達祐美似。
とてもトランペッターに見えない華奢な体形。
ライブの後、ライブハウスの階段でウンコ座りでケータイを覗き込んでいた。
あの姿を見て彼女をミュージシャンだと思う人はいないだろうなぁ。

ちなみに会場は、あの「渋谷のワニ」ことクロコダイル。
東京生活20年目にして初めて入った。
こういう所だったんだ。

閉口したのは、そのシステム。
ライブの客も、必ず飲み物と料理をオーダーしなければならない(飲み物だけでもいいのだろうが、ほとんどの客が料理も頼んでいた)。
それ自体は別に構わない。
ただ、たいていのライブハウスは、入場の際にドリンク券を買わせるという形をとっているのに対し、クロコダイルは退場時に清算するのである。
そのため、容易に想像できるように、レジに帰りの客がズラッと列になってしまう。
おかげで、ライブの終了から店を出るまでに20分ほどかかってしまった。

勘弁してよ、オレは2時間もかけて帰宅しなきゃならんのに。
特に、この日は開演が20時と遅く、ライブの終了自体が23時過ぎ。
ようやく店を出たのは23時半だ。

いやぁ、まいった。

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June 17, 2005

出張のもみあげ

そんなもんいらんわ。

こんな記事があった。

○?×?…ひどい駆け込み、ケガは自己責任と車掌放送(読売新聞)

 JR中央線国分寺駅で今月4日、東京行き快速電車の閉まりかけたドアをこじ開けて乗った男性客に対し、車掌が「駆け込み乗車は危険です。大けがをすることになります。それで大けがをしても、そちら(乗客)の責任です」と車内アナウンスした。

 これを聞いた別の乗客がJR東日本に抗議、同社は「言葉に配慮がなかった」と非を認め、車掌を指導した。だが駆け込み乗車は実際に事故につながる危険な行為。発車が遅れると運転士は、JR福知山線事故でもクローズアップされた「回復運転」を強いられることにもなる。識者は「利用者の側も、駆け込み乗車の危険性と、多くの人が迷惑を被ることを認識するべきだ」と指摘している。

 JR東日本によるとアナウンスをしたのは男性車掌(48)。同社は「あまりにひどい駆け込み乗車だったので、感情的になったようだ」と話す。

 駆け込み乗車で大けがしかねないのは事実だ。過去には、ドアにはさまれて転倒し骨折したり、衣類のすそがドアに挟まってホームから転落するような事故も起きている。

 駆け込み乗車による電車の遅れも深刻だ。山手線で仮に1駅で5~10秒ずつ遅れると、それだけで電車1本分の運転ができなくなる。JRのダイヤは最短10秒単位で刻まれており、運転士は遅れを取り戻すため、ブレーキのタイミングをずらすなど回復運転をする必要が出てくる。

記事の書き方が車掌に同情的に感じるのは気のせいか。

いや、実際、車掌は全く悪くないと思うぞ。
まあ、「そちらの責任」かどうかは、判例でも確かめないとわからんが。
道義的には、全く車掌が正しい。

大体、私の最寄駅のように30分に1本しか電車がない所ならともかく、国分寺なら5分も待てば次の電車が来るだろうよ。
ん?
今月4日って、土曜日じゃないか。
どうせ休みの日だったんだろ。
何を駆け込む理由があるんだ。

しかし、わからんのはJRに抗議した別の乗客だ。
随分駆け込み客に寛容だねぇ。
迷惑かけられたというのに。
どうしてその寛容さを車掌の言葉遣いにも適用できんのかねぇ。

私も、来館者のいただけない行為を注意して、「確かにこちらが悪かったが、その言い方はなんだ!」と逆ギレされたことがあるが、まったくもって、人間ってのは邪魔臭いもんだ。

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June 15, 2005

幕府スランプ

古いか、元ネタが。

書店に行ったら、大城のぼるの「火星探検」「汽車旅行」「愉快な鉄工所」の復刻が販売されていたので買ってしまった。

戦前の漫画に多少興味があるので、「火星探検」の名は以前から知っていて、一度読んでみたいと思っていた。
他の2作品の名はごく最近まで知らなかったのだが、何となくついでに買ってみた。

いずれも、オリジナルは昭和15~16年に刊行されている。
それを念頭に置きながら読むと、色々と興味深い。

戦時体制下であったにしては、内容が実にほのぼのとしている。

「火星探検」は、天文台の博士の息子が、夢の中で火星に行く話。
「汽車旅行」は、東海道線を東京から名古屋まで旅する話。
「愉快な鉄工所」は、漫画家の描いたキャラクターが絵から抜け出し、鉄工所を作る話。

「愉快な鉄工所」で、満洲に鉄鉱山を探しに行くところに、わずかに時代が現れる程度で、極めてファンタジックな作品ばかりだ。

また、内容は教育漫画のような雰囲気である。
「火星探検」には火星についての、「愉快な鉄工所」には鉄についての科学的知識が盛り込まれているし、「汽車旅行」では東海道線沿線の風土や伝説にまつわる挿話が盛り込まれている。

もっとも、これは逆に戦時体制下ゆえなのかもしれない。
「のらくろ」でも不真面目とされて連載休止のやむなきに追い込まれた時代だ。
あまりふざけた内容では出版できなかっただろう。
一方で、戦争の遂行のために子供たちに科学する心を植え付けねばならないという時代の要請もあったらしい。
教育漫画の体裁でないと、世に出し難かったに違いない。

一番興味深いのは、その表現の完成度の高さだろう。

3作品とも、物語の中に物語が取り込まれた入れ子構造になっている。
そういう複雑な物語を、既に描けていたのだな。

今のマンガほどコマ割りのダイナミックさはないし、スクリーントーンなど無い時代ということもあって、絵がおとなしく、静的な印象を受ける。
しかし、アングルの切り取り方や、登場する機械などのデザインには、決して古びることのない斬新さを感じる。

逆に、まだ完成されきっていないところに、ステレオタイプにとらわれない新鮮味もある。
宇宙ロケットの飛ぶ音が「ゲロンゲロン」だなんて、なかなか発想できるもんじゃない。

敗戦による大衆文化の断絶の故だろうが、こうした戦前の漫画の存在は看過され過ぎてきたような気がする。
手塚治虫の偉大さを否定するつもりはないが、これらの作品を見ていると、手塚治虫のオリジナリティとは一体どこにあるのか、という疑問を呈したくなる。

こういう問いは、戦前の漫画を知っている人によって早くから提示されていたが、こうして実際に作品を見てみて、戦前の漫画の一端に触れてみると、納得できる。

爛熟しきった今のマンガに辟易している人には、お奨めしたい。

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June 14, 2005

コッカイさん、コッカイさん

「もしいらしたら、ここにおいでください。」
「ふん、10円玉ぐらいじゃ動いてやんないよ。陳情だったら金包んで来い。」

『京都石碑探偵』(伊東宗裕 平成16年 光村推古書院)という本を読む。

内容は、私が本編サイトでやっていることの、狛犬を石碑に置き換えたものだと言えば良いだろうか。
いや、その精緻さなどからすれば、この例えは著者に申し訳ないが。

しかし、悔しいのはこのタイトルだ。
将来は、本編サイトの内容をもっと充実させて、それを基にして『狛犬探偵団』というタイトルで本にするのが夢だったのになぁ(微苦笑)

いや、『○○探偵(団)』なんてのは、ありふれたタイトルではあるんだけどね。
ただ、対象が少し似ているのと、著者が広い意味では私と同業者というところがね。

ところで、この本の中に「道路元標――ああインターネットわれらがもの」という一項がある。

そこで著者は道路元標や几号水準点を引き合いにして、基本的には書籍の方を上位に置きつつも、石碑のような本になり難いマイナー情報の調査においては、インターネットが極めて有益であることを述べている。

この状況は、狛犬についても同じことが言える。

「狛犬の歴史」といった総論的なことは、書籍の方が確実な情報を得られる。
というか、ネット上にあるそうしたものは、そもそもが書籍からの引き写しだ。
しかし、個別の狛犬、とりわけ石造狛犬についての情報は、ネットで探した方が確実だ。
私も重宝している。

ただ、本業の方では、必ずしも使い勝手は良くない。

まず、文学とネットの相性が、まだまだよろしくない。
少し言葉を足すと、文学研究者でネットを充分に活用している人が、まだまだ少ない。
若い人はそうでもないと思うが、上の方の世代はね。

もっとも、そんなことを言いながら、私自身、職場のサイトでの情報開示が不充分な状態のままだ。
最近、こまめな情報発信のために職場のサイトでブログを始めてみたが、これは一般への告知用に過ぎず、研究者が参照できるようなレベルのものではない。

また、そもそもの問題として、大衆文学を研究する人自体が少ない。
読者は多いが、研究者は少ないというのは、昔から変わらない。

そして、ネット自体の問題として、ネット普及以前の近現代の情報がウスい。
いや、オタク文化成立以前の大衆文化情報が、と言った方がより適当か。

吉川英治の座右の銘に「大衆即大知識」という言葉がある。
大衆一人一人は、小さな存在かもしれないが、それぞれが、好きで打ち込んでいることや、人生経験からくる知恵というものを持っていて、それは時には学者・専門家も凌駕する。
そうしたものの集まりである大衆とは、インテリが衆愚と見下せるようなものではなく、大知識である。

インターネットはそれを具現化し、利用可能なものにした、すばらしいものだ、と常々思っている。

しかし、まだまだ「偏った知識」に過ぎず、「大知識」とまではいっていないようだ。

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June 12, 2005

アジャンタ囃子

「オマン☆囃子」ではありきたりなので。

映画『ブレードランナー』の中に“City Speak”というものが出てくる。

ハリソン・フォード演じるデッカードによるモノローグが消去されたディレクターズカット最終版しか観ていない人には、ピンとこないかもしれないが、エドワード・ジェームス・オルモス演じるガフが話している言葉がそれである。

最初の劇場公開版や完全版では、モノローグの中で、「ガフが話しているのは“City Speak”だ。日本語やドイツ語やスペイン語やその他諸々が混じった言葉だ。」と説明されている。

実際の映画の中でこれを多用しているのはガフくらいで、あと数カ所それらしい言葉が出てくるところはあるが、その程度でしかない。
しかし、「二つで十分ですよ」で有名な屋台のオヤジは、ガフの“City Speak”をデッカードに翻訳してやっているし、そのデッカード自身も、実は先ほどのモノローグの続きで、「良い警官なら皆そうであるように、俺にだって理解できるが、ガフなんかに協力してやるつもりはない」と話しているから、どちらも“City Speak”を使えるようだ。
したがって、映画で描かれている世界では“City Speak”は結構広く用いられているわけだ。

ただし、映画の状況から判断すると、マイノリティを中心とした都市下層民が使っているのが“City Speak”で、一定以上の階層の者たちは英語を話しているというのが、ここで描かれる未来社会のようだ。

昨日触れた『日本語はだれのものか』を読み終えた時に、この“City Speak”のことを思い浮かべた。

というのも、『日本語はだれのものか』では、言葉には、個々の民族文化に密着した特殊性とコミュニケーションツールとしての普遍性があるが、日本語の可能性は単一民族イデオロギーという特殊性の拘束を離れた普遍性にこそある、という主張がなされているからである。

日本語も構成要素になっている、この“City Speak”は、著者たちからすれば、日本語の可能性のひとつという事になるのではないだろうか。

『ブレードランナー』の舞台は「移民国家」とも言われるアメリカだが、日本にも結構外国人は多い。
中国人・朝鮮人の東アジア系から、フィリピンやタイなど東南アジア系、日系人は南米系が多いし、西アジアのムスリムもいれば、もちろん欧米人もいる。
こうした人たちが他の言語圏の出身者と会話をする際には、多くは英語が用いられるのかもしれないが、英語が話せない場合は日本語が用いられる可能性はあるだろう。
以前、タレントのチューヤン(香港出身)とビビアン・スー(台湾出身)が、中国人同士だが出身地が違って言葉が通じないので日本語で会話しているということをテレビで話していた。
そういう局面で、日本語を軸とした複合言語が生まれる可能性はある。

実際にこういう事態が生じたら、人はこれを「日本語の乱れ」と評するだろうか。
それとも可能性と受けとめるだろうか。

著者たちの言う、言葉の特殊性と普遍性の問題には、若干違和感がある。
よく言われる「外国語を学ぶということはその国の文化を学ぶことだ」という受け止め方の方が親近感がある。

これは確かに可能性だと思うが、それは言葉の普遍性を用いた新しい特殊性(=文化)の創造なのではないのだろうか。

しかし、歌舞伎町あたりで、日・中・韓・露・英の混じった言葉が話されていたりすると、それで雨が降っていたりすると、『ブレードランナー』そのもので、私には面白いと思える。

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June 11, 2005

プータロー渡海

本当の自分はこの海の彼方にあるんだ!

『日本語はだれのものか』(川口良・角田史幸 吉川弘文館 歴史文化ライブラリー190)という本を読んだ。

帯には

<正統>で<純粋>な日本語は存在するのか? 清少納言も兼好法師も、その時代の「日本語の乱れ」を嘆いていた! 変わりゆく日本語の“豊かさ”“美しさ”を説く。

とある。

斎藤孝あたりに端を発する≪日本語ブーム≫に違和感を感じていたので、この文句に惹かれて手にしたのであった。

いつの時代も「日本語の乱れ」は指摘され続けてきた、それは言葉とは不断に変化し続けるものであるからだ、というのは、よく言われることで新鮮味は無い。

また、「日本語の乱れ」とされるものも、分析してみれば、一定の法則性をもった変化の流れの中にあることを説明されても、駅のホームでの「危ないですから」というアナウンスや、サラ金のCMでの「ご利用できます」というセリフが、私にとって気持ち悪く感じられることは否みようがない。

と言って、退屈したわけではない。
非常に興味深い点が多々あった。

「方言」の問題は特にそうだ。

「標準語」を基準にすれば「乱れ」と見えるものが、「方言」においてはそうではない、とか、「標準語」からすれば粗野で田舎臭い表現が、実は古い「正しい」日本語の姿を残しているものであるというようなことは、あまり気付いていなかった。
気付かないと言えば、方言によって文法(主に活用)に違いがある場合があるというのは、全く気付いていなかった。

「大和言葉」も「方言」のひとつに過ぎない、との指摘は、目から鱗であった。
奈良時代から平安時代にかけての言葉の変化とは、政治の中枢が奈良から京都へ移ることで、奈良方言から京都方言へ中心言語が移行した結果であるというのは、考えたこともなかった。

確かに、「標準語」制定以前の日本に単一の「日本語」があったはずはない。
「文語」は固定化しやすいものだし、一定の階層以上でないと使いこなせなかっただろうから、今に伝えられている文書を中心にしてみれば「共通語」のように見えるのだろうが、「口語」レベルで見れば、奈良弁も京都弁もあったわけだ。
当り前と言えば当り前だが、学校で学ぶ古典に「方言」という視点はなかったから、新鮮だった。

また、「大和言葉」の究極に見える「万葉集」も、その表記に「漢字」という他言語の文字を流用している以上、決して「純粋な」原日本語である保証はない、むしろその時点で混合が生じているので、「純日本語」ではありえない、という視点も、持っていなかったな、私は。

ところで、話は少しそれるが、明治政府が東京以外に首都を置いていたら別の「標準語」が出来ていたのかもしれない。

例えば名古屋だったらどうなっていたのか。

……そんな日本を見てみたい(微笑)

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June 05, 2005

アンタが田所さん?

出身は肥後?肥後のどこ?熊本?

楽器が出来るって良いよな、と書いた。

私は、楽器は何一つ演奏できない。
学校の授業で実技があったハーモニカとリコーダーしか経験がない。
あ、あと、ピアニカがあるか。
トライアングルとかシンバルは、まあ、ここでは員数外ということで。

いま思うと、学校の授業で使った楽器たちも、突き詰めれば面白かったのだろうと思う。

ブルースハープ(厳密に言えばハーモニカとは違うが)を使うミュージシャンは多いし、リコーダーなら栗コーダーカルテットがいるし、ピアニカ前田もいるし。

いきなり楽器の実技を教えるんじゃなくて、まず、この楽器ではこういうカッコイイことが出来ますよ、というサンプルを示すことから始めてくれていたら、少しは関心の持ち方も違ったんじゃないかという気がする。

もっとも、私が小中学生の時には、栗コーダーやピアニカ前田みたいなミュージシャンはいなかったわけだが。

いずれにせよ、学校で習う楽器には関心が持てなかったので、授業で使わなくなればそれっきり。

高校生の頃、当時中学生だった弟がギターを始めた。
これはいいチャンスだと思い、自分もコードぐらい覚えてやろうと、教則本を見ながらこっそり練習してみた。
ところが、私は手があまり大きくなく、指が太くて短い。
おまけに関節が硬い。
そのため、どうやっても押さえられないコードがある。
教則本の指示通りに弦を押さえようとしても、指が届かないし、無理に届かせると、不要な弦に触ってしまう。
これは無理だと思って投げ出してしまった。

いま、例えば青山陽一がライブでギターを弾いているのを観ていると、よくあんな弦の押さえ方が出来るものだと、驚く。
ネックの上から親指で6弦を押さえておいて、残りの指は下からまわして他の弦を押さえるなんて、どういう手の構造をしていたら可能なのか。
あきれるばかりである。

もっとも、ミュージシャンはテクニックが全てではないし、シンプルなコードだけで成り立っている名曲もあるわけで、結局は楽器をやろうという意志に欠けていただけなのだろうな。

ただ、そんな人間のくせに、10年程前から気になっている楽器がある。
ペダルスチールである。
青山陽一のライブで、田村玄一が演奏しているのを観て以来、ちょっと触ってみたくて仕方がない。

左手の指にボトルネックみたいなのを着けて、それで音程をとり、右手の指に琴の爪みたいなのをはめて弦を弾く。
コードを押さえなくていいのが魅力だ(微笑)
ただ、ライブでは足元がよく見えないのでわからないのだが、脚でも何かを操作している。
よくエレキギターで、弦を緩ませるか何かして音を揺らすレバーが付いているが、あれに相当するものがあるようだ。
左右の手を違う形で動かしながら脚も使うとなると、結構難しいだろう。
それでも触ってみたい。

ただ、自分の根気の無さはよく自覚しているし、楽器を一人でやってもつまらない。

そんなわけで、楽器屋には行けずにいる。

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June 01, 2005

洋服のありゃりゃまぁ

だから安もんのスーツはよぉ(他意はなし)

下北沢ClubQueで例によって青山陽一のライブシリーズ≪怪しい隣人Vol.7≫。

今回のゲストは朝日美穂と堀込高樹。

朝日美穂は第一部として単独で登場。
本人のキーボードに、ドラムスという2人構成。
ただし、2日前のリハーサル中に突然声が出なくなったとかで、あまり歌える状態ではなく、途中から青山陽一がコーラスおよびギターとして参加して、朝日美穂の負担を減らすという作戦をとっていた。

朝日美穂は、10年以上前にCDを買った記憶があるが、それっきりずっと聴いていなかった。
今回初めてライブを聴いて、最近の作品を聴いてみたくなった。

ところで、朝日美穂と一緒に登場したドラマーは、あの楠均だった。
あの、と言われても、と思われるかもしれないが、あのくじらのドラマーである。

だから、あの、と言われても、と思われるだろうか。

くじらと言えば、私は15年程前にはよく聴いていて、3度ほどライブにも行っている。
それ以来の再会だ。

懐かしいし、同時に時間の経過のあまりの早さに愕然としたりする。

第二部は、青山陽一のセットに、途中で堀込高樹が参加する形。
青山陽一のセットは、ベース・千ヶ崎学、キーボード・伊藤隆博、ドラムス・中原由貴。

なんでも堀込高樹は、この千ヶ崎、伊藤の2人に、細海魚を加えた4人で、時々集まって演奏しているのだとか。
それも全くのプライベートで。
青山陽一からは「サラリーマンのバンドみたい」と突っ込まれていたが、なんだか羨ましい。

楽器が出来るって良いよなぁ。

しかし、普段キリンジでは歌わない堀込高樹の歌は、確かに歌になってなかった。
大丈夫か、ソロアルバムを出すとか言っているけど。

ライブでは久しぶりの曲もあってよかった。
「怪しげな恋」という曲をやって、「昔の曲だから、もう誰も知らないだろうなぁ」などとつぶやいていたが、そんなことはない。
少なくとも私は決して忘れない。

母親が死ぬちょうど1ヶ月前に発売されたアルバムに入っているからだ。

なんだか、総じて昔を思い出させるライブであった。

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