October 16, 2009

輪が道を行く

輪廻。

さて、「斬撃」の上映スケジュールを確認していたら、このタイトルに目がとまった。
同じ日から劇場公開が始まるというので、久しぶりに映画館をはしごする。

「沈黙の逆襲」

すいません、これもセガールです。

ちなみに、「斬撃」は銀座シネパトス、「沈黙の逆襲」は新宿バルト9。
街を移動してのセガールはしごです。

こんなバカなことをするのは、私だけかと思いきや、シネパトスで見かけたのと同じ客をバルト9でも見かけました。

バカ万歳!

セガール演じるリチャード・ローランドは刑事。
ある時、相棒とともに犯罪グループのアジトに踏み込み、銃撃戦の末、犯罪者たちを全員射殺する。
ところが、相棒が突然、その犯罪グループの金を着服しないかと持ちかけてきたので、断ったところ銃で撃たれ瀕死の重傷を負う。
ローランドが一命を取り留めたため、事の露見を恐れた相棒がローランドを殺しに来るが、逆にローランドが相棒を射殺する。
懸命にリハビリし、刑事への復職を目指すローランドだが、警察は彼を解雇する。
失意のローランドのもとに、一本の電話がかかってくる。
それは、ともに警察学校で特殊訓練を受けた親友からの電話だった。
今は実業家となっている彼は、娘が誘拐されそうになったため、ローランドにボディガードを依頼してきたのだ。
その誘拐未遂の裏には、彼の幼馴染で、今は犯罪組織のボスである男がいた。
その男は彼の持つある利権を狙っていたのだ。
やがて、娘の恋人の裏切りにより、娘は誘拐されてしまう。
ローランドは娘を救いだせるのか?

ま、こちらはいつものセガール調である。

大した映画ではないが、「斬撃」がひどすぎたので、すごくまともな映画に見えるよ。
本当は、「逆襲」はいつものパターンだろうから、「逆襲」を先に観て、それから「斬撃」を観るつもりだったのだが、タイムスケジュールの関係で、この順番になった。
それは幸いなことであったわけですな、結果的に。

しかし、2本トータルで考えて、もう無理ですなぁ、セガールにアクションは。
太りすぎだし、歳だし。

この映画だって、「刑事ニコ」とか「ハード・トゥ・キル」の頃の身体と動きのキレなら楽しく見られたが、今の姿では、ため息が出るばかりだ。

「斬撃」なんか、アクションシーンはセガールの部下役の黒人男の方が比率が高いくらいだ。
昔なら一人で全部やったはずだが、もはやそういう副主人公を置かないと持たないのだろう。

アクションもそうだが、ロマンスも無理でしょう。
自分がガードしている親友の娘と、何となくいいムードになり、娘の恋人は、それへの嫉妬もあって誘拐に手を貸すわけだが、そんなストーリーが成り立つ体かよ、このデブ、と言いたくなってしまいますわ。
デブ以上に、すっかりオヤジだし。

しかし、かつてはその独特のアクションを楽しみに見ていたセガール映画だが、もうこうなって来ると、ダメさをけなすために見に行っているようなものだ。

あーあ、倒錯してるなぁ(苦笑)

あと、同工異曲な映画ばかりなので、最近は何を見てもセルフパロディと言うか、自己パクリと言うか、どこかで見たようなシーンが多くて。
まあ、それだけこちらが、そんな映画にお付き合いしているというわけでもあるのだが。

この道はどこまで続いているんだろう?

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October 15, 2009

ゾンビ分脈

由緒正しき家系のゾンビ。

現在使用しているauの携帯電話のサービスのひとつとして「おはよう映画です」という映画の予告編を配信してくれるものがあって、それに登録してあるので週に3回、予告編が届く。
そのサービスで、この映画の予告編が送られてきたので、ついつい観に行ってしまった。

「斬撃 ZANGEKI」

タイトルで予想がつきますね?
セガールですよ、セガール!
今度の敵はゾンビだ!

謎のウイルスの蔓延によって、感染者が生血を求めるゾンビと化すという事態が発生。
特効薬はなく、人口の半分が感染者となってしまう。
国家が有効な対策を打てないため、民間人の自警団=ゾンビ・ハンターが形成される。
そんな中、最悪の感染地域の中に建つ病院に6人の非感染者が生存していた。
セガール演じるタオ(苦笑)が率いるハンターたちも、その病院のゾンビの掃討作戦を実行しようとしていた。
一方、政府は昼間は建物内に身を隠しているゾンビたちを一気に始末するために、建物をピンポイント爆撃しようとしていた。
爆撃のターゲットは生存者とハンターのいる病院。
果たして、彼らは爆撃までに病院を脱出できるのか?

まあ、こう書けばわかるように、セガール版「バイオハザード」だ。
主人公がセガールでは色気皆無だが、あのセガールがゾンビを斬りまくるというのは、見たいじゃありませんか。

ところがまあ、ひどい脚本でね。

何がひどいって、6人の生存者とゾンビ・ハンターと政府・軍部の動きが、何ひとつとして噛み合っていないのだ。

6人の生存者は武器も通信手段も持っていない連中で、したがって、彼らは外部に連絡を取って救出を求めたわけではない。
ハンターは、政府に協力もしているが、基本的に自分たちだけで勝手に行動している。
だから、病院に行ったのもたまたまで、生存者を救出に行ったわけではない。
ハンターは政府の担当者と通信するための通信機を持っていたが、途中でそれが壊れてからは、相互の連絡は取れなくなっている。
そのため、ハンターたちは、自分たちがいる病院が軍によって爆撃されるということを知らない。

つまり、セガールを含むハンターたちには生存者を救出するという目的意識はないし、爆撃されるまでに事態を打開して逃げなければならないという認識もないのだ。

そんなんで、どこにサスペンスが生まれるというのだ?

おまけに、ハンターたちは、ゾンビを掃討することの方が優先事項で、生存者の危機を救いはするが、救った後はほったらかし。
だから、すぐにまた病院内でちりぢりになってしまう。
しかも、最後の最後になるまで、武器を分けてやりもしない。

まあ、その辺は大目に見たっていい。

とにかくセガールvsゾンビですよ、見どころはね。
ワラワラと押し寄せるゾンビを、セガールが刀でザンザン斬りまくってくれれば、満足なわけですよ、私は。

それなのに、見せ場が少なすぎだろ、これじゃ。

武器も持たずにゾンビから逃げ惑うだけの6人の生存者の姿なんてのはね、普通のホラー映画でやればいいことなのだよ。
これはセガール映画なんだから、セガールにゾンビを斬らせろよ、もっと。

ちなみに、便宜上≪ゾンビ≫と書いているが、実際には、映画の中での様子は異なる。
感染者は人肉も食うが、どちらかと言えば吸血鬼だ。
ドラキュラのように日光によって死んだりはしないが、昼間は建物の中に隠れている。
ゾンビと違って死体は蘇らない。
だから、外見もゾンビの死体っぽさはない。
普通に殺せる。
逆に言えば、感染した人間なので、知恵はある。

そんなわけで、最後の方に、感染しても完全に知能を残したままの者が現われて、我々は進化して、組織的行動もとれるのだぞ、というようなことを言ったりするのだが、せっかくのその設定を全く生かせていない。

何らかの形で生存者の存在を知った政府の担当者が、軍が爆撃の方針を打ち出して前線部隊を撤退させてしまったので、代わりに民間のハンターを救出に向かわせる、ハンターは無事生存者と合流するが、進化した感染者たちの巧みな攻撃で、なかなか病院から脱出できない、その間に爆撃のタイムリミットが迫ってくる。

というような話にすっきりとまとめれば、十分楽しめる素材だったのに。

残念な作品であった。

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October 13, 2009

難解電鉄

なぜこのルートに線路を通したのか、さっぱりわからない。

ところで、今回の和歌山の旅では、JR阪和線・紀勢本線、南海本線(紀ノ川駅までだけど)・加太線、和歌山電鉄貴志川線に乗車した。
阪和線と南海本線は大阪につながる通勤路線という感じがあるが、紀勢本線、加太線、貴志川線は、見事な田舎鉄道だ。
けなしてるんじゃないですよ。
旅人には好ましいということ。
だが、経営は厳しかろう。

それにしても、こうしてみると、大都市の大阪に近いとは言え、ずいぶん鉄道の錯綜している街だ。
上記のほかにもまだJR和歌山線があるし。

気になったので検索してみたが、非常にわかりにくい。
Wikipediaを参照して、紀ノ川南岸の和歌山市街中心部における鉄道の変遷をまとめるとこんな感じ。

和歌山市街中心部に最初に進出してきたのは、明治31年(1898)の紀和鉄道・和歌山駅。これは現在の和歌山駅ではなく紀和駅のことで、紀和鉄道は現在の和歌山線(の一部)である。
明治36年(1903)に南海鉄道が延伸してきて和歌山市駅ができるとともに、紀和鉄道がそこまで延伸してくる。
明治45年(1912)に和歌山口駅―加太駅間で開業していた加太軽便鉄道が、大正3年(1914)に紀ノ川を越えて和歌山市駅に連絡するようになる。駅名は和歌山市駅に連絡するのが和歌山口駅で、元の和歌山口駅は北島駅に改称している。
これで和歌山市駅は三つの鉄道を繋ぐ駅となった。
大正5年(1916)に山東軽便鉄道が大橋駅―山東駅間で開通。これが現在の貴志川線のスタートで、山東駅は現在の伊太祈曽駅である。さらに、翌6年(1917)には、紀和鉄道の和歌山駅に近い中ノ島駅まで延伸する。
大正13年(1924)に国鉄の紀勢西線(現在の紀勢本線の一部)が和歌山駅(現・紀和駅の方)―箕島駅間で開業。この時に新設された東和歌山駅が現在の和歌山駅である。
同年、これにともなって山東軽便鉄道は秋月駅(現・日前宮駅)から中ノ島駅までの路線を廃止し、東和歌山駅に乗り入れる形に路線を改める。
さらに昭和5年(1930)に阪和電気鉄道が和泉府中駅―阪和東和歌山駅間で開業。阪和東和歌山駅と東和歌山駅は同じ場所である。
これで東和歌山駅も三つの鉄道を繋ぐ駅となる。

これで、現在ある路線がおおむね出揃うことになるが、ここまではまだわかりやすい。
これに合併や買収、社名変更を加えるとややこしくなる。
ややこしいので雑にまとめる。

最初の紀和鉄道は、南和鉄道・大阪鉄道とともに順次、関西鉄道に譲渡された後、明治40年(1907)に国有化され、和歌山線となる。
阪和電気鉄道は、昭和15年(1940)に南海鉄道に吸収合併され、南海鉄道山手線となった後、昭和19年(1944)に国有化され、阪和線となる。
加太軽便鉄道は、昭和17年(1942)に南海鉄道の加太線となる。その後、昭和25年(1950)に東松江駅から紀ノ川駅を経由して和歌山市駅に到る現在の経路に運転系統を変更。昭和41年(1966)までに東松江駅―和歌山口駅間は廃止となる。
山東軽便鉄道は、和歌山鉄道に改称し、昭和32年(1957)に和歌山電気軌道と合併、さらに昭和36年(1961)には和歌山電気軌道が南海電気鉄道と合併し、南海電鉄の貴志川線となる。平成15年(2003)に南海が貴志川線からの撤退を表明したため、岡山電気軌道が新会社・和歌山電鉄を興して事業を引き継ぎ、平成18年(2006年)からわかやま電鉄貴志川線となる。
書き忘れたが、東和歌山駅が和歌山駅に改称されるのは昭和43年(1968)である。

これでもまだ触れていない路線がある。
南海の和歌山港線だ。
昭和31年(1956)に和歌山市駅―和歌山港駅間で開業。昭和46年(1971)に水軒駅まで延伸。その際に和歌山港駅を移設し、元の和歌山港駅を築港町駅に改称している。しかし、平成14年(2002)に和歌山港駅―水軒駅間が廃止され、平成17年(2005)には途中駅が廃止されて、現在は和歌山港駅のみとなっている。

えーい、邪魔くさい。

主要な駅名が頻繁に改称されるのも、またややこしい。
同じ駅名が年代によって場所が違うわけだから。

まったく、なんでこんなことになったのだろうか。

大体、そうデカイ都市でもない和歌山に、しかも中途半端に離れた距離で、2つもターミナル駅がある必要が感じられない。
と言うよりも、そのせいで鉄道が半端になっているように思えてならない。

ターミナル駅が一本化されていれば、同じ軽便鉄道だった加太線と貴志川線はひとつの路線にまとめられたんじゃないのかなぁ。
営業距離の短い鉄道が2つあったって仕方がないし、2つが繋がれば和歌山市の東西を繋ぐ路線として機能すると思うのだが。
それと、和歌山駅と和歌山市駅を接続する列車をわざわざ走らせる必要もなくなるし。

そもそも、大阪方面を目指す鉄道が南海と阪和線の2路線もなくていいはずだと思うが。
いや、和歌山線も考えれば3路線か。

まあ、色々と経緯はあるのだろうが、私のようなよそ者には、不可解に見えて仕方がない。

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October 12, 2009

愉快ハンター

大学に奉職する身ながら、寄席やお笑いライブにばかり行っているので、最近では「愉快ハンター」などと呼ばれていますよ、ハハハ。

3日目。
今日は青梅の自宅まで帰るので、和歌山にいるのは昼頃までの予定。
そこで、今日は、人形供養で有名な淡島神社に行ってみることにする。

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ホテルで朝食を取ってすぐにチェックアウトして出発。
和歌山駅のコインロッカーに荷物を入れると、カメラと地図だけ持って手ぶらで出かける。



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まずは和歌山駅から和歌山市駅までJRで移動。
そこから南海加太線に乗り換え、終点の加太駅へ。







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加太地域は、なんだかちょっと別世界感が漂う。
どことなく、諸星大二郎の妖怪ハンター的な雰囲気と言うか。
港町の活気と言うか、海に向かって開かれた感じが薄い。
申し訳ないが、どん詰まり感が迫ってくるのである。

前日までの快晴と違って、この日は夜半に雨が降って、曇り空だったせいもあるのだろうが。

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しかし、この写真の建物を撮っていたら、その隣の家の窓からこちらをじいーっと見つめている人がいたりして、ますます稗田礼二郎な気分(笑)




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淡島神社は、供養のために持ち込まれた人形類が境内に所狭しと並べられていることで有名だと思うが、その有名さの割には、こじんまりとした神社であった。
そして何より、狛犬がいない。
飼い犬ならいたけど。

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それよりも、狛犬的に面白かったのは、道すがら立ち寄った加太春日神社。
ここには狛犬が2対いる。
1対は拝殿の前。円形の台座も含め丹後狛犬風の姿をしているが、石は丹後狛犬(厳密に言えば出雲産狛犬だが)に見られる来待石ではない。
実際、台座を見ると、「石匠大坂西横堀/小嶋屋半兵衛」とある。
丹後狛犬を大阪の石工が模倣したもののようだ。
製作年については「嘉永六歳/丑十一月吉日」(1853)とある。




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もう1対は、本社の左側に入っていった場所にある摂末社の前にある。
浪花系の年季が入った狛犬で、台座の表面が剥離していて文字は確認できない。





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さて、淡島神社を見た後、そばの堤防からちょっと沖を眺めてみる。
この加太の港からは、沖にある友ヶ島に行く船が出ている。





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友ヶ島は、知っている人には有名な旧日本軍の要塞の島だ。
私が戦跡マニアなら、何を置いても見に行くところだが、こうして沖合いの島を眺めてみると、友ヶ島は意外とデカイ。
見て廻るのに時間がかかりそうなので、渡航はやめておく。

多少ブラブラしながら加太駅まで戻り、これで和歌山市の狛犬調査は終了とする。

結果的に調査地点は神社28社で、狛犬がいたのはそのうちの12社、見つけた狛犬は14対であった。
少ないなぁ。
それよりも、面白味のある狐が多くて、そちらの方が興味深かった。
もっとも、数自体は多くはないのだが。

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南海加太線で和歌山市駅まで戻り、JRで和歌山駅まで戻る。
和歌山市駅で接続の時間が多少あったので、ぼんやりその辺りを眺めていたら、JR線ホームの向い側に、もうひとつプラットホームがあった痕跡がある。
今は駐車場になっている。

職場へのお土産を買おうと思うが、梅の名所・青梅からやって来て、まさか梅関係の品は買って帰れない。
しかし、一番のお土産品が梅なんだよなぁ、和歌山は。
行き先が高野山なら陀羅尼助丸とか買って帰るんだけどね。
那智黒(飴の方)なんか和歌山でなくても買えるしさ。
結局、適当な菓子を買って帰ることにする。

さて、大阪まで紀州路快速で、と思っていたら、イヤなアナウンスが。

11:52の紀州路快速は、阪和線内での車両故障のため、運休となります。

ここできたか!
順調すぎると思ったんだよ、ここまで。
もっとも、この1本が運休しただけで、後の列車はダイヤ通りに動いていたので、30分ほど余分に待っただけで、後は順調に進む。
順調すぎて、19時前には、自宅に到着してしまった。

ということで、夏休みは終わり。
長々とお付き合いいただき、って、全部読んだ人がいるのかな(苦笑)

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October 11, 2009

コインランジェリー

5円玉と50円玉を糸で繋いで出来てます。

ここから紀三井寺に向けて南下。

途中、高皇神社というのに立ち寄ろうとするが、1~2メートルくらいの幅の道が錯綜する地区で、道に迷う。
偶然、寺からお坊さんが出てくるところに出くわし、道を尋ねると、この寺の裏山にあるという。
寺の脇の石段を登っていけばいいとのことで、登り始めるが、寺の屋根の高さぐらいまで登ったところで、先を見ても全く神社の気配が出てこないので、もうこれ以上登るのは嫌になって、神社に寄らずに石段を下る。

根性のない話だが、なにしろ、今日はここまで11ヶ所の神社に行き、狛犬がいたのは2社だけ、狐がいたのが他に1社のみという成績の悪さだ。
登っても狛犬がいないという状況に、もう耐えられなかったのである。

Img_3194
そのまま紀三井寺の門前まで行く。

紀三井寺門前の紀勢線の踏み切り脇に、またしても火の見櫓。
途中まで階段で、そこからはしごというスタイルが、なかなかいいですね。

さて、この時点で午後1時20分頃。
いつもなら、こんな時に店で昼食をとるなどということはしないが、今日も炎天下で、かれこれ10キロばかり歩いてきてもいるし、座って休みたかったので、紀三井寺門前の食堂に入って、ざるそばとコーヒーフロートを注文する。

昼のピークを過ぎているからか、店内はだるいムード。
店の人間は近所の知り合いとテーブル席のところで話し込んでいて、商売する気がない状態。
長居する気になれば長居できたが、20分ほどで店を出る。

しかし、休んではみたものの。

紀三井寺は名草山の西側斜面に建てられており、堂宇に到るには急な石段を登らねばならない。
休んで多少気力は回復したものの、寺では狛犬がいる可能性が低いことと、拝観料が必要なことでテンションが上らず、紀三井寺に立ち寄るのは断念する。

何やってんだ、さっきから(苦笑)

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そんな訳で、紀三井寺の南にある若宮八幡宮に行く。
狛犬はいないが、社殿手前に忠魂碑があった。

次いでもう少し南下して内原神社へ。
おお、狛犬がいるぞ。
あまりにも狛犬に出会わない一日だったので、なんだか感動する。
ただ、残念ながら寄進者の名前しかわからない。
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ここで一旦終了して、紀勢線の紀三井寺駅まで引き返す。
そこからJRで和歌山駅まで戻り、そこから貴志川線に乗り換えて日前宮駅まで移動し、日前宮に向かう。

日前宮は、厳密には境内を同じくする日前神宮と国懸神宮の2社を総称する呼び名らしい。
先程の伊太祁曽神社も紀伊国一宮を名乗っていたが、ここも紀伊国一宮だと言う。
もう1社、丹生都比売神社も紀伊国一宮を名乗り、紀伊国には一宮が3社もある状態らしい。
また、日前宮と伊太祁曽神社と竈山神社を詣でることを当地では「三社参り」と言うそうだが、くしくも今日はそれを実行したことになる。

それはいいのだが、狛犬がいない。
そんな一宮は認めんぞ。

次に、日前宮から少し東に行ったところにある鳴神社に行ってみる。
あまり期待していなかったのだが、ちょっと面白い狛犬が1対いた。

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台座には「昭和四年十一月/島新次郎」(1929)とあるので、古いものではない。
尻尾を見ると丹後狛犬風な特徴を持ちながら、体のスタイルは少し違う。
石材ももちろん異なっている。
丹後狛犬を手本にしてアレンジしたものだろうか?

台座に石工の名前らしいものが入っているのだが、うまく読み取れない。
トレードマークらしき中に「忠岡」その他の文字があるのだが、その他の文字が判然としないので、どこの石工なのかは、さっぱりわからない。
残念だ。

ここで午後4時。
頑張ればあと何社かは廻れるが、もうその気力がない。
最寄りの≪住宅前≫バス停からJR和歌山駅前までバスで移動する。

昨日と同じように近鉄百貨店で惣菜を買っていく。
昨日は柿の葉ずしだったが、今日はばってら。

ホテルに戻ってまずやったのは洗濯。
ホテル内にコインランドリーがあったので、洗濯できるものは今日のうちに洗濯しておく。
これも少し早めにホテルに戻った理由であった。

ちなみに、女性限定で小型のランドリーマシンを貸し出すサービスをやっていた。
下着を見られたり、盗まれたりすると困るのでコインランドリーは使えない、という女性への配慮だろう。

しかし、女性限定ってことは、「どこかのキモメン男が使ったかもしれないものを使いたくない」という女性への配慮なんでしょうなぁ。

そのキモメン男の部類に入る私には気は遣ってくれないわけね(苦笑)

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October 10, 2009

君の火の見に乾杯!

火の見櫓を個人で所有しているなんて、素晴らしいね!

八王子神社の南で熊野古道が市境を越えるので、ここで方向転換する。
海南市との市境沿いに紀三井寺を目指そうと朝ホテルを出る時は思っていたのだが、そのコースは神社密度が低いので、一旦北に転じて竈山神社を目指し、そこから南下して紀三井寺へ行き、JR紀勢線の紀三井寺駅から電車に乗ることにした。

Img_3144
ということで、北上しながら西の宮神社、安原八幡神社を訪ねるが、どちらにも狛犬はない。
ただ、安原八幡神社には、狛犬はいない代わりに火の見櫓があったので、少し心が和む。

安原八幡神社から、西に転じ、途中、弁財天社を経て、竈山神社を目指す。

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弁財天社にも狛犬はなく、がっかりしたが、道中2基の火の見櫓があったので、多少疲れが緩和される。
このあたりの火の見櫓は、屋根は丸で、ゴンドラ部分は丸のものと四角のものがあるようだ。





さて、竈山神社に到着。

Img_3173
鳥居の前の駐車場にシルバーボランティアといった風情のご老人方が数名いる。
どうやら、今日は神社の向いの小学校で運動会があり、父兄がここに勝手に自動車を置かないように監視しているようだ。





Img_1962
そんな鳥居の脇に、狛犬が1対ある。
例のあれである。
籠神社型の狛犬だ。
設置年などの明記はないが、まあ、昭和戦前でしょうなぁ。

境内の中には狛犬がないか見てみるが、残念ながらこの1対のみだった。

Img_3177
社殿の右手側に、なぜか丸ポストが見える。
近づいてみると、閉園された幼稚園と思しき建物があり、そこに丸ポストが設置されている。
ポストとしては使用されていないようだ。
それにしても、どういう意図で幼稚園にポストを?

次に、ここから少し西の坂田八幡神社に行く。
平地の中にそこだけポコッと小高くなった丘の上に神社がある。
嫌になりつつも石段を登りきると、そこには狛犬はいなかった。
くそ。

続いて、さらに少し西の光国大神に向かう。
小さな稲荷社で、狛犬はないが、狐が2対いる。

小さい神社のわりに、妙にきれいだ。
赤鳥居もたくさん奉納されているし。
何か霊験あらたかなのだろうか。

そう思っていると……

Img_3182
社殿の中に一心に祝詞を捧げる女性が。
背中しか見えないが、老人ではない。
どちらかと言えば、若い。

そうか、下の駐車場に車(運転手つき)が1台停まっていたのは、ハイヤーの運ちゃんがサボってんのかと思ったが、この女性が乗ってきたのか。
いや、あの車がハイヤーで、あの男が職業的運転手なのかどうかは、わからないけど。

それはともかく、私は、居もしない幽霊よりも、こういう信心の篤い人の方が、よほど怖い。
だから、気付かれないように狐の写真を撮って、さっさと逃げ出したのであった。

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October 09, 2009

テキサス・チェーンソー?まさか!

いや、2003年の映画「テキサス・チェーンソー」も、そのオリジナルである1974年の映画「悪魔のいけにえ」も、原題は「The Texas Chain Saw Massacre」なんですよ。

伊太祈曽駅の少し北に都麻津姫神社という神社がある。
そのすぐ東を熊野古道が通っていて、ほぼ県道9号と重なっている。
これを歩きながら、その近隣の神社を廻ろうという算段だ。

ということで、まず都麻津姫神社へ。
いかにもな名前の神社で、訪ねてみると、鳥居の横には式内社だと書かれた木の社号標もある。
しかし、うら寂れた祠があるのみであった。
狛犬もいない。

その都麻津姫神社に至る少し手前に平緒王子跡というのがある。
かつて熊野古道には≪熊野九十九王子≫と呼ばれる熊野の神々の眷属神を祀った小祠群があって、熊野詣をする者はそれらを参拝しながら道中を進んだらしい。
平緒王子はそのひとつで、明治になって都麻津姫神社に合祀されて廃社となった。

この平緒王子跡の横を通る細い道が、熊野古道で、この辺りでは県道9号からは離れている。
鄙びた風景の中、歩いていて感じのいい道だ。

この道を南下して、県道9号とぶつかったところで東に行くと、伊太祁曽神社がある。
紀伊国一宮だそうだ。

脇参道から入って、社殿の前に立つと、塀の向こうにコマヤンが1対見える。
見渡したところ、これしか狛犬が見えない。

Img_3122
その代わりに、こんなものが。
チェーンソーカービング、つまりチェーンソーを用いた彫刻だ。
世界チャンピオンの城所啓二氏の作品だと書いてある。
昨日の和歌浦天満宮の狛犬といい、和歌山の神社はポップですな(笑)

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もう、他にはないのかなと思いながら、主参道から戻っていくと、鳥居の前に狛犬が1対いた。
「昭和七年夏/釜山府居住/那智郡西三谷/迫間保太郎」(1932)と台座にある。
古いものではないが、寄進者が興味深い。

さて、熊野古道に戻って南下を続ける。
が、ここからが実に徒労感の募る道行であった。

まず不快なのが、道幅が狭いのに、自動車の交通量が意外と多いこと。
いや、交通量に文句を言いたいのではなくて、和歌山のドライバーは人を避けようとしないのである。
対向車が来ているならばまだしも、そうでない時でも歩行者の間際を平気でスピードを出して通過していく。
こんな所を歩いている方が悪いと言わんばかりな運転だ。

標識などを整備しているところを見ると、和歌山県、あるいは和歌山市は熊野古道を観光資源としてPRしていきたい意向があるのだろうと思うのだが、だったらコイツらの運転マナーをどうにかするのが先決だと思うぞ。
何しろ、道路を変に整備してしまったら、熊野古道を歩くという雰囲気がなくなるので、道幅を広げるわけにも行かないだろうから、あとはマナーが向上することに期待するしかないからな。
もっとも、観光資源となっている熊野古道は、もっと熊野の山の中を通っている部分だけなのだろう。
実際、この日は日曜日なのに、私以外にこの部分の熊野古道を歩いている人間はいなかった。
しかし、ゆくゆくは四国のお遍路みたいに、多くの人が熊野古道全体を歩くようになれば、滞在時間が長くなって、その分、飲食・宿泊による経済効果が大きくなるはずだ。
そうなるためには、地域全体のホスピタリティが向上する必要があるだろう。

ま、私が和歌山県の観光について意見を述べる謂れもないのだが。

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それはともかくとして、さらに徒労感が増すのは、どこにも狛犬がいないこと。
熊野古道に近い武内神社、八王子神社に足を運ぶが狛犬はいない。
それどころか、須佐神社にいたっては、鳥居はあるものの石段が途中で崩壊していて、その先に進めないので、社殿に到達することもできなかった。
この写真の場所がそうだが、わずかに見えている茶色の屋根は神社ではなく、石段は竹薮の中に消えている。

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ちなみに途中に九十九王子のひとつ、奈久智王子社跡がある。
案内板があるのは普通の民家の壁際で、壁にはおなじみのホーロー看板があった。

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October 08, 2009

ちぇ、本番?

えーあんな馬鹿デカイのと本番やったら、カラダ壊しちゃうわ(怒)

翌日、ホテルで朝食を取り、すぐに狛犬探しに出発。

ちなみに、朝食付きのプランだったのでホテルのレストランで食事をしたのだが、バイキング形式なのは最近の風潮だからいいとして、ご飯が無いのはいただけない。
パンとパスタしかないというのは、釈然としないぞ。

さて、和歌山に来るまでは、まず紀三井寺までJRで移動して、そこから北上、日前宮まで行っても時間に余裕があったら、さらに北上して紀ノ川の北岸に渡ってみようか、と考えていた。
しかし、前日に手に入れた観光案内などを見ると、市の東側に熊野古道が通っているというので、計画を変更。
熊野古道を一部歩いてみることにする。

そんな訳で、まずはわかやま電鉄貴志川線で伊太祈曽駅まで行くことにする。

Img_3103
和歌山駅に行ってみると、貴志川線の時刻表は掲示されているが、券売機も何も無い。
そこにあるJRの窓口で聞くと、貴志川線の改札はホームにあるので、そのまま改札を入れと言う。

いま住んでいる青梅は身近に無人駅がある土地柄だから手ぶらで改札を通るのはよくあることだが、駅員がいる改札を手ぶらで通るのは、違和感がある。
と言うか、変に卑屈になる。
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「いえ、あっしはね、貴志川線に乗ろうってんで、へえ、怪しいもんじゃござんせん、どうぞお許しを」という感じ。
そんな自分にちょとへこむ。

和歌山駅の一番東側のプラットホームが貴志川線のもの。
階段を上った所に有人の券売所があり、その横に改札機もある。
もっとも、途中に無人駅が多いからだろうが、バスのように車内で現金で支払うこともできるので、この有人券売所の意味が、もうひとつ飲み込めない。
経費節減のためには無くてもいいんじゃない?

わかやま電鉄貴志川線と言えば、かの≪たま≫駅長で有名だが、他にもいちご電車だのおもちゃ電車だのを走らせている。

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この時乗車した和歌山駅7:46発伊太祈曽駅行きの電車はおもちゃ電車、通称≪OMODEN≫だった。
上の写真の赤い車両がそれ。
車内にはおもちゃの展示やガチャガチャなどがある。
一般的なアニメキャラや何かのガチャガチャの中に混じって、わかやま電鉄のオリジナル缶バッジのものがあったので、これならやってもいいなと思ったのだが、使用中止になっていた。
ダメじゃん(苦笑)

途中でいちご電車とすれ違ったが、車両の中がどうなっているのかは、今回の旅では見ることができなかった。

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日曜日だし、たま駅長人気で乗客も多いかと思ったが、全然ガラガラだった。
ま、時間が早いしな。

車窓風景は竈山駅辺りまでは町の感じだが、その先は実に鄙びていて、旅人的にはいい感じ。
営業的にはきつかろうが。

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8:04、乗車時間わずかに18分で伊太祈曽駅に到着。
改札を出て、まずは駅の北に向かうことにする。

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October 07, 2009

垢すりマンボ

そーれ、それそれ、垢すりだー!

さて、ここで時間は3時過ぎ。
予定していた場所は一通りまわったので、市街地まで戻って和歌山県立博物館で行われている「熊野三山の至宝」という展覧会に行ってみることにする。
和歌山城に行った時に、この展覧会のポスターを見かけて、気になっていたのだ。

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県立博物館はその和歌山城の近く。
路線バスで行こうと思って権現前のバス停に行くが、5分ほど前にバスが通過したばかりで、次は30分ほど待たなければならない。
博物館の開館時間を考えると、そこまで待つのはつらい。
たまたま、バス停のすぐそばにタクシーが1台止まっていたので、それを利用することにする。

無事、ゆっくり見学できるだけの時間に博物館に到着。
実は、さっき行った奥山稲荷社の横である。

展示を見る。
狛犬的には、那智参詣曼陀羅が面白い。
描かれた絵の中に狛犬の姿が散見される。
面白いのは、狛犬が神殿の回廊ではなく、神殿の前の内庭というべき所の地面に置かれているように見えること。
複数の神殿に対して、一括して1対の狛犬が置かれるために、そのようになっているようだが、そういうのが参道狛犬のスタートなのかもしれない。

ただ、残念ながら狛犬そのものの出品はなかった。

博物館を出て、あとは和歌山駅まで戻るのだが、もうすっかり歩く気力がない。
朝は隣の奥山稲荷者まで歩いてきたのにね。

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そんな訳で、路線バスで和歌山駅まで戻る。
バスの降車場所のすぐ前が近鉄百貨店であった。
私は旅先では大抵一度ホテルに入ると、翌朝まで外に出ない。
食事も、その辺で買ってきたもので済ませることが多い。
ちょうどいいので、近鉄百貨店で惣菜を買ってホテルの部屋で晩飯を食うことにする。

が、なんと巨人優勝セールをやっているではないか。
球団を手放した挙句に、巨人の優勝セールとは、近鉄グループは何の節操も恥じらいもないクソか。

と、内心憤慨しつつ、柿の葉ずしその他を購入してホテルに向かう。
ああ、俺も節操がない。

さて、ホテルであるが、JRの駅に近いのがいいと思い、Aホテルを予約した。
インターネットで宿泊プランを確認していると、シングルで朝食付き1泊5000円台の部屋があった。
駅直近で、開業からまだ時間が経ってない新しいホテルにしては安くていいなと思ったが、但し書きがある。
窓が小窓しかない、というのである。
どうせ窓があったって、カーテンを開けもしないんだから、そんなの気にならないよ、と思い、その部屋を予約した。

チェックインして、部屋に入る。
……小窓って、あれか?

床から180センチほどの高さを下辺とした位置に、50センチ四方ほどの窓があるだけである。
独房かよ(苦笑)

まあ、初めは圧迫感があったが、すぐに慣れたけどね。

どうしてこんなことになっているのか、後で外から眺めてみたが、すぐ隣にマンションが建っているため、その対策として窓を小さくしているようだ。
ただ、それならそれに対応した部屋の配置にすればいいはずで、何となく別の目的で建て始めたものをホテルに転用したのではないかとの疑念も湧いてくる。

それはともかく、施設が新しい分、湯船がきれいで、充分な深さもあったので、湯を張って身体をほぐし、買ってきた惣菜とビールで夕食。

それにしても喉が渇く。
500mlのペットボトルを2本(ビールの他にってことね)買って部屋に入ったのだが、異常に喉が渇いて、あっという間に飲み干してしまう。
仕方が無いので、ホテル内の自販機でさらに2本購入するが、それも就寝までには飲み干してしまい、あとはペットボトルに水道水を入れて部屋の冷蔵庫で冷やして飲んだ。

いや、服に塩を吹くほど発汗したことは確かだが、道中も何度か水分補給はしたんだけどなぁ。
そんなに水分が減ってたのかなぁ。

我ながら、驚いたのであった。

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October 06, 2009

海綿ライダーED

血が足りん!

さて、次は和歌浦天満宮だ。

と、その前に、そばの御手洗公園というところに公衆トイレがあったので、用を足していくことにする。

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トイレに行こうとしてふと見ると、公園の池の向こうに火の見櫓が見える。
おお、これは、と思って撮影していると、オッサンが声をかけてくる。

「なんかエエもん撮れたか?」
「ええ、あの火の見櫓を撮ってたんです」
「へー、そうか、でも、あの鐘が鳴ってるのん聞いたことないわ、ははは」

てな会話をしながら、オッサンと連れション。

オッサンと別れていよいよ和歌浦天満宮へ。

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鳥居をくぐって正面を見ると、また石段だよ。
すげえ急だよ。

おまけに、石段の下の参道には、なんだか変な焼物が置いてあるだけで、狛犬はいない。
上にも何もないんじゃないかと思いつつ、気力を振り絞って石段を登る。

登ってみると、境内の末社に対して小型の狛犬が置かれているだけで、本社に対する狛犬は見当らない。
くそー。

ただ、実は、ここを本日のメインにしたのは、事前に和歌山について検索していて、こんなのを見つけたからであった(チラシのPDFファイルを見てみてね)。

そこで社務所に行き、そこにあった「和歌浦天満宮の世界」(和歌山大学紀州経済史文化史研究所 2009年 清文堂)という本を購入する。

それによると、この狛犬を納めた箱には、当時既に隠居していた紀州藩10代藩主・徳川治宝の命で保管することになった旨の天保七年(1836)の墨書があるとのこと。
さらに、寛文四年(1664)に成立した「関南天満宮伝記」という文献に「駒犬 二雙 一雙ハ正宮ノ左右ニ置之、一雙ハ荒神社ノ左右ニ置之」とあるうちの荒神社のものではないか、と推測している。
荒神社は天正十六年(1588)の造立とのことで、となると、16世紀末から17世紀初頭の狛犬ということになる。

興味深いが、この狛犬、秘蔵の品なので、見ることはできないのであった。
残念だ。

本を購入する時に、ご神職にこの狛犬について、他に資料はないかと尋ねてみた。
残念ながら、資料はそれだけだったが、声をかけたおかげで面白い話を聞けた。

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さっき通り過ぎてきた変な焼物が、実は狛犬だというのである。

信楽で行われた陶器のアートフェスティバルのためにイギリス人の作家が製作したもので、陶芸をやっているご神職の娘さんがその作家と知り合い、実家が神社だと知って、その作家がぜひ寄贈したいと言って、寄贈してきたもの、なのだそうだ。
だから、厳密には、狛犬というよりは、狛犬に触発された作品、ということになるらしい。

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そう言われてみると、なるほど、狛犬のたてがみや尻尾に見られるような毛並みが表現されているように見える。

ちなみに、その作家の名前を聞いてこなかったので、帰宅してから検索してみたが、さっぱりわからない。
ご神職の娘さんというのが、小板奈奈恵(コイタナナエ)という陶芸家であるということは、検索して確認できたのだが。

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