May 10, 2008

春麗、若槻と思えず

もちろん「春眠暁を覚えず」のつもりだけど、どちらもネタが時代遅れだなぁ。

ゴールデンウィークは皆さんいかがお過ごしでしたでしょうか?

私はあることで一日休みはもらったものの、基本的に職場は営業中だったので、GWなどほとんど何の関係も無い。
まあ、毎年のことだが。

で、そのGW明けの7日、定休日だったので都心に出かけてみた。

そうしたところ、都心は「気分の悪い人」だらけであった。

青梅発東京行きの快速に乗車したが、立川を過ぎたら、電車がノロノロ運転になる。
何かと思えば、車内アナウンスが。

先行する複数の列車で気分の悪くなった方がおられ、手当てのため停車したりしたため、電車がつかえています、だと。

そんなに何人も気分が悪くなったのか?

その後、中野駅で東西線に乗り換えると、連れの女性に支えられながらヨタヨタと歩く40代位の女性客が。
若い女性が席を譲ると、くず折れるように席にへたり込んだ。

同じ路線上だから、この女性が先ほど電車を停めた張本人なのかもしれないが、それはわからない。

違うとすると、気分の悪い人がさらに出現したことになる。

そうかと思うと、後刻、大江戸線の新宿駅で下車すると、プラットホームに座り込んで動けなくなっている女性に出くわす。

またか!

まったくおかしな一日だ。

偶然なのか。
それとも、ゴールデンウィークにいろんなことをやりすぎて疲れたのか。
あるいは逆に、ゴールデンウィークに気を抜きすぎて、普段の日常がキツク感じたのか。

まあ、月曜日は猛烈に暑かったので、新宿駅の女性はそれで体調を崩したのかもしれないが、あとはみんな朝の8時台だから、暑さのせいじゃないよな。

まったく、ゴールデンウィークってなんなのかね。
休日で疲れるって、本末転倒じゃないか。
観光業の端っこの方にいる者としては、稼ぎ時ではあるのだけれど、なんだか中途半端だよね。

で、都心に出かけたのは、いくつかの神社に行くためだった。
その結果を本編サイトにアップしてみた。

特定の神社に対して名指しで、割とストレートに苦言を述べたもので、公開するのに、少し躊躇したが、嘘を書いたわけではない。

ただ、その場で話しを聞いた時には、「ああ、そうですか、なるほど~」などと、にこやかに会話しておきながら、後からこうやってネット上で匿名でバッサリと批判するのは、我ながら卑怯な感じはしないでもない。
と言って、神社の社頭で押し問答するわけにもいきませんのでな。

ま、要するに、「気分の悪い人」だらけの一日の最後に、私自身は「機嫌の悪い人」になっていた、というお話です。

ああ、つまらんオチだ(落)

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April 21, 2008

料金的に彼女

人気のある娘は料金が高いから、この娘で我慢しとくよ。

このところ休日出勤が続いていたので、気分転換に映画を観に行く。

「クロバーフィールド/HAKAISHA」

怪獣が出てくる映画だということで、観に行った。

劇場に着くと、受付のところに、「ネタバレしているのでパンフレットのサンプルは置いていません」などと書いてある。
で、パンフレットもご丁寧にシールで封印してある。
そのうえ、「これからこの映像をご覧になる方に、決して映像の内容についてはお話しになりませんようお願い申し上げます。」などと書いてある。

ネタバレとか言うから、何かバレては困るような≪ネタ≫があるのかと思ったら、何にもない。
本当に何もない。
設定そのままの、何のヒネリもない作品である。

映画は、何かの企業の日本支社に副社長として赴任することになったロブという若いビジネスマンを祝福するサプライズパーティの最中、ニューヨークに何かが出現し、パーティを撮影していたホームビデオによってその何かが起こした事件が記録されていた、という設定になっている。
そのホームビデオの映像が、そのまま映画になっているわけである。

かつて話題になった「ブレアウィッチプロジェクト」のパターンですね。観てないけど。

映画の冒頭に、この映像はセントラルパークで回収した事件の≪目撃映像≫である、というテロップが出る。

その時点で、普通に考えて、この映像を撮っていた人物は、既にこの世の者ではないと予測がつく。
だって、「押収」じゃなくて「回収」なんだから。

ネタバレとかいうのであれば、この予測を覆してくれないと話にならない。

でも、実際には、映画の中で起こることは、ほとんど予測の範囲内。
がっかりだよ。

映画の構造自体は、アリかナシかと言われれば、アリだと思うのだ。
つまり、怪獣映画を、それに立ち向かうヒーローたちの目線からではなく、それに巻き込まれてなす術もない一般市民の目線から描くというのは。

でも、それは≪破壊のカタルシス≫を怪獣映画の本質とするなら邪道だし、あくまでも一種の実験として、ミニシアターで単館上映するレベルでならアリ、という代物だろう。

全国でロードショー公開するような映画じゃないよ。

こだわるが、本当に何の≪ネタ≫もない。

後の席に座っていたカップルの女が、男をなじるように「これで終わり?」とつぶやいて、帰っていったが、気持ちはよくわかる。
せめてエンドロールの最後にオチの映像でもないかと思って最後まで席に座っていたが、それも無し。

結局、仕掛けだけが存在して、中身が何もない映画であった。

ちなみに、≪ネタバレ≫という文字を見て、私が勝手に想像したのは、最後の最後まで怪獣の身体の一部しか見せずにおいて、ラストシーンで全身が大写しになったら、あのハリウッド版ゴジラでした、というオチだ。
後でハリウッド版ゴジラと照合してみたら、ちゃんと、あの作品の中でのゴジラの行動と一致するように出来ていました、とか言うなら、パロディとして高く評価したのだが。

でも、実際には、割と早い段階で、全身が認識できるカットがあって、これまたがっかり。

ついでだからケチをつけるが、撮影しているビデオカメラはロブのもので、そこには別の日に撮った映像の入ったビデオテープが入ったままになっており、その上に重ねて録画してしまったため、映画の所々で、その前の映像が顔を出すという仕掛けになっているのだが。

ロブは、まだ30になるかならない年齢で、日本支社の副社長になるというエリートですぜ?
今時テープ式のビデオカメラかよ。
最低でもDVD、もしくはハードディスク録画の機種でしょうよ。
映画の初めの方に、恋人の寝姿を撮った映像が残っていて、そこで彼女が「HPに載せるんでしょ?」と聞く場面がある。
それでテープってことはないだろうよ。

まあ、テープに重ね撮りという仕掛けを思いついたので、それで押し通したんだろうけど。

しかも、パーティの始まる前からビデオは回っていて、映画の最後まで設定上は12時間ぐらいあるのだが、その間、断続的に使用していて、しかも途中でライトも使用したりしているのに、バッテリーがあがらないって、どういうこと?
映画の途中で、ロブの携帯のバッテリーはあがっているのに。

パッとしない作品だったので、そんなことばかり気になってしまったよ。

それから、本編1時間25分の作品で、冒頭の20分も使ってパーティの場面を続けるなよ。
死ぬほど退屈だったぞ。

というふうにケチをつけて楽しみたい人にだけおすすめします。

ま、普通はそれを「時間の無駄」と言うのだけれど。

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April 06, 2008

武士の秩父

おのれ、よくも俺の嫁に手を出しやがったな、セメント詰めにして、東京湾に沈めてやる!

どうでもいいことだが、この映画のタイトル「武士の一分」は、「ぶしのいちぶん」と読むのだよね?
ところが、私が好きな映画「十三人の刺客」の中で、主演の片岡千恵蔵は台詞の中で「ぶしのいちぶ」と言っている。
どちらが正しいのだろう。
手許の国語辞典では「いちぶん」ではあるのだが。

これもどうでもいいことだが、この「武士の一分」で、目の見えなくなった亭主のことを上役に頼みに行ってやられてしまう妻を演じたDに先日会った。
会ったと言っても、挨拶をしたに過ぎないが、実は、うちの職場に雑誌の写真撮影に来たのである。

モデルを入れた撮影は過去に若干ながら経験はあるが、名の知れた女優は初めて。
スタッフの気の使いようが半端じゃない。
その雑誌でDを取り上げるのが初めてだということだったので、要領がつかめないという部分はあったのだろうが、ちょっとつまめるスナック類やイチゴなんかが大量に用意されていて、そのうえコーヒーメーカーまで持ち込んでちゃんと豆で珈琲を入れたりなんかして、こんな撮影見たことないなぁ、って感じであった。

苦笑したのは、9時にやって来て、撮影開始が11時過ぎだったこと。
メイクと着付けをしていたのだが、それにしたって。

ちなみに、やって来た時は、メイクをしていない状態だったのか、頭からタオルをかぶっていたが、フツーに美人でしたけどね、その状態でも。

ちなみに、掲載は来年の2月号。
随分先だけど、それまで今のような人気があればいいけどね。

やはりどうでもいいことだが、1年近く先の雑誌記事のための撮影というのは、これが高級雑誌だからだろうが、それに引き換えテレビ番組からの依頼というのは、いつもたいてい直前だ。
今週末に放送があるので写真を貸して欲しいという依頼、ニュース番組ならともかく、急過ぎないか?
しかもちゃんと期日までに写真をメールで送ったのに、受け取ったという返信メールもないぞ。

あ、もしかしたら、スパム扱いされちゃったのかな?

しかし、いずれにせよ、こういう拙速な制作態度が捏造の元だと思うのだが、あまり反省の色は感じないなぁ。

まったくどうでもいいことだが、先日仕事で同業者に会った時、私が書いている職場のブログを「見ましたよ」と言ってくれたのだが、それに続けて、「うちでもブログを立ち上げようという話が出たんですが、そんな時間があるのは館長だけだって事になって、立ち消えになりました」って。
俺は暇人だと言いたいのか?

さて。

最近届いた古書目録に面白そうな品がいくつかあった。
しばらく古書も買っていなかったので、あれもこれもと注文していたら、支払いが16万3300円になってしまった。
まあ、5軒の古書店から購入した14品の合計金額だから、それぞれの値段はそれほど高くはないし、1軒あたりの支払いは普段並だが、一度にこれだけ払うのは、古書価としては初めてだったので、ちょっと興奮した。

しかし、そのうち大当たりといえる資料は2点。
それに、中当たりが4点といったところか。

あとは期待したほどではなかった。

まあ、目録買いにはつきもののことだが。

その大当たりと中当たりの資料を用いて本編サイトを更新したので、ご興味のある方はぜひ。

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March 28, 2008

飯能小説

「いや、なかなかの作品だと思うんですが、どうして主人公が関係をもつ女教師も隣の人妻も友達の母親も、揃いも揃って飯能の出身なんですか?」

下の記事のコメントに対して、何か良い≪埼玉の地名ネタ≫駄洒落をと思って、思いついたのがこんなのでした。

最近ひたすら眠い。

気を抜くと、四六時中何処ででも眠りそうになる。

おかげで本が全く読めない。
商売に差し障ること、この上ない。

以前から、睡眠中にいびきが突然止まるということは指摘されていたが、体重が100kgを越えた頃から、その度がひどくなっている。
いわゆる、睡眠時無呼吸症候群というやつだ。
おかげで眠りが浅い。

そこへ持ってきて、この時期は、数年前から始まった花粉症で鼻が詰まる。
さらに眠れない。

おまけに、夜間に何度も尿意を感じて起きてしまう。
寝付いてからほぼ2時間ごとにトイレに行く。
そのせいで、最近は目覚まし時計をセットしなくても、寝過ごすことがない。
ありがたいような、ありがたくないような。

ところで、愛読する医学都市伝説で、少し前に面白い研究が紹介されていた。

夜間の頻尿には、尿意によって目が覚めるのではなく、目が覚めるから尿意を感じる場合があるというのだ。

つまり、熟睡していれば、膀胱にある程度の量の尿が溜まっていても、尿意がブロックされて、睡眠が継続されるが、目が覚めてしまうとそのブロックが解除されて、尿意を感じてしまうというわけだ。

非常に合点がいった。

太っている⇒気道が圧迫される⇒睡眠時無呼吸症候群になる⇒睡眠が浅くなる⇒目が覚めやすくなる⇒尿意を感じる⇒トイレのために起きる

そういう流れだったんですな。

それにしても、子供の頃は、むしろこれとは真逆である「おねしょ」に悩まされていた私が、こんなになってしまうとは。

睡眠で、子供の頃と違うと言えば、夢だ。
最近は、眠りが浅いせいもあってか、夢が記憶に残らない。
だから、本当にそういう夢を見ていないのかどうかは、実は定かではないのだが。

10代の頃までは、追いかけられる夢をよく見た。

ということを、ここ数年お気に入りのドラマーである中原由貴のブログを読んで思い出した。

学校の教室にいて、ふと窓の外を見ると怪獣がいて、逃げなければと思って走るのだが、体が前に進まず、なかなか校舎の外に出られない、やっと出られたと思ったが、怪獣が背後に迫っていて、ああ逃げ切れないと思ったところで目が覚める。

とか。

正体不明の黒いスーツの男たちに追われて、実家の近所の阪急電車の線路脇にある三角形の公園に逃げ込むが、隠れる場所もなく、やがてまた男たちに発見されて、逃げようとするが足が前に進まず、スローモーションのような動きになってしまう。

とか。

田んぼのあぜ道で、抜け首に見つかり、追いまわされ、転倒したところで目が覚める。

とか。

あ、ちなみに、「抜け首」というのは、妖怪ろくろ首が、首を長~く伸ばすと、しまいに首が胴体から抜けて飛び回るようになるとされており、それを特に「抜け首」と言うんですね。

要するに、宙に浮かぶ顔に追いかけられるわけです。

この夢は何日か立て続けに見て、すごく嫌だったという記憶がある。
しかも、転倒して目が覚めたのに、改めて眠ったら、また同じ夢を見てしまう。
何とか眠らないようにしようと悪戦苦闘した思い出があるよ。

「抜け首」は、胴体を隠されるなどして、胴体に戻れなくなると数日で死ぬというような知識はあったのだが、夢の中で、胴体を探して見つからないように隠す、なんて器用なことは出来ませんからなぁ。
それに、死ぬまで数日ということは、その間は追いかけまわされるわけだし。

まあ、何もしなくても、いつの間にかこの夢は見なくなったが。

中原由貴は、こういう嫌な夢を見ると、夢の中で後向きにでんぐり返りをすると目が覚めるのだそうだ。
なんじゃそれ(笑)

私の場合は、ある時期から、「これは夢だ、目を覚ませ」と夢の中から現実の自分の命じて、無理矢理目を開かせるということが出来るようになったので、悪夢はそれで乗り切れるようになった。

今は夢が記憶に残らないので、このテクニックが役に立っているのかどうかわからないのだが。

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March 19, 2008

入間の竪琴

「水島、一緒に日本へ帰ろう!」
「うるせぇ、埼玉は日本じゃないってのか!」

掲示板をなくしてしまったので、ここで本編サイトの更新について。

海外神社の狛犬―台湾の場合』という論考をアップしてみた。

私が初めて台湾を訪ねたのは1998年

その時には、日本統治時代に台湾に神社が創られ、そこには狛犬もあったらしいと知ってはいたが、そんな通り一遍な知識があるに過ぎなかった。

それが、台湾には神社の“痕跡”が多く残って降り、そこには現存している狛犬もあるということを知ったのは、2001年だったか、2002年だったか。
初めにそれを知ったきっかけはちゃんと記憶していないが、くにさんからの情報だったと思う。
また、台湾在住のフリーライターである片倉佳史さんのサイトおよび著作を通して、多くの情報を得た。

この頃から、くにさんが繰り返し台湾に渡航し、現地調査をして、その調査情報と写真を私に送ってくださるようになった。

性格の悪い私は、自分は日本にいながら、やれ「写真が小さい」だの、「こんなにブレてちゃ何だかわからない」だの、「そこまで行っといて、なんで台座の写真をとらないんだ」といった罰当たりなダメ出しをしていたのだが、くにさんはそれにも関わらず(かなりムカついたらしいけれど(苦笑)、次々と情報を伝えてくれた。

そうこうするうちに、様々なデータが蓄積してきて、これを何か形にしたい気持ちになってきた。

かくして、今回公開した論考の原型となる文章を書いたのが、2005年。

しかし、まだその時点では、文章にはしたものの、公開することには躊躇いがあった。

何と言っても、データは全てくにさんからのもので、私は何もしていない。
完全に他人のふんどしである。
このまま公開するのは、自分の研究室に属する大学院生の研究成果を、自分のものにして発表する悪徳大学教授みたいな行為だ。

いかに恥知らずな私でも、それはくにさんに申し訳がない。

そこで、新しい情報が手に入る度に改稿を繰り返しつつも、ずっと寝かせていた。

そんな状況の中、くにさんから耳よりな話が。
台湾の神社と狛犬を巡る旅が企画されているというのだ。

狛研でも告知がなされた「台湾の神社旧蹟視察と狛犬に逢ふ旅」である。

この旅に便乗させてもらい、二度目の台湾旅行をしたのが2007年11月。
10ヶ所の神社跡を巡り、狛犬類も12対ほど実際に目にした。

現時点で確認されている狛犬の5分の1にも満たない数ではあるが、これで何か論じる資格ができたと勝手に判断し、公開できる形に整えていった。

幸いくにさんにも公開についてご快諾いただいたので、こうして公開することにしたわけである。

ご覧になる方は、まずじっくり一覧表を見ていただきたい。

くにさんとの共同制作によるこの一覧表こそ価値がある。
私が書いた本論など、ただのおまけである。

そして、一覧表を見て、この狛犬には見覚えがあるというものがあったら、ぜひご教示いただきたい。

そういう情報の呼び水とすることも、公開した理由なのである。

よろしくお願いいたします。

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March 11, 2008

ドン・カン

いちいち人からスケコマシと言われることを気にしていては、色男はつとまらんよ。

久しぶりに映画。

「ジャンパー」

アメリカの田舎町に住む凡庸な青年・デヴィッド。
母親は彼が5歳の時に失踪、父親はそれ以来酒びたりで、父子2人の家庭の雰囲気は最悪だ。
だが、ある事件をきっかけに、自分に瞬間移動能力が備わっていることに気づいたデヴィッドは、この力があれば今の鬱屈した生活から抜け出せると考え、ニューヨークへと家出をする。
そして、能力を使って銀行の金を盗み出したデヴィッドは、高級マンションに住み、気分次第で世界中を≪ジャンプ≫して歩く気ままな生活を送っていた。
そんな彼の前にローランドという男が現れ、襲い掛かってくる。
訳のわからないまま、辛くも脱出に成功したデヴィッドは、故郷に戻り、かつて恋心を抱いていたミリーと再開、彼女を誘ってローマ旅行に出掛ける。
だが、そこに待ち受けていたのはローランドの仲間たちと、≪ジャンパー≫のグリフィン。
グリフィンから、ローランドたちは≪ジャンパー≫抹殺を使命とする≪パラディン≫という組織のメンバーで、自分は彼らと闘っているということを聞かされるデヴィッド。
デヴィッドは≪パラディン≫の攻撃はかわしたものの、地元ローマの警察に逮捕されてしまう。
その彼を救いに来たのは、失踪した母親だった。
ローマの危機は脱したものの、≪パラディン≫との闘いにミリーを巻き込んでしまったことを知ったデヴィッドは、ローランドに闘いを挑まざるを得なくなるのであった。

ちょっと長ったらしくなってしまったが、こんな映画。

パンフレットの中で山口直樹という人物が書いている解説にあるように、瞬間移動を中心にした映画は過去にあまりない。
CGのない時代には、画面が切り替わったら場所も移動していました、程度の描写しか出来なかったからだろう。

ちなみに、日本映画では「電送人間」というのがあるが、あれは電送機のある場所にしか移動できない。
「ウルトラマン」が瞬間移動する場面があったと記憶するが、頭の方から光の輪が下がっていくのに合わせて徐々に姿が消え、移動先には同様に頭の先から順番に現れてくる、という描写だったんじゃなかったかな。
当時の電送写真のイメージなんだろう。
スピーディーなものではなかった。

この映画の≪ジャンプ≫の描写は、その点、スピード感もあり、悪くない。

この映画での≪ジャンプ≫の設定としては、実際に行ったことがあるか、写真などによって具体的にイメージできる場所にしか移動できないとか、固定されたものによって拘束されていると移動できないとか、いくつかある。

≪パラディン≫という組織のメンバーは、そうした≪ジャンプ≫の特性を利用して、≪ジャンパー≫を抹殺してきたわけだが、逆に言うと、そうでもしないと≪ジャンプ≫能力を持つ側が圧倒的に有利になって、闘いが成立しない。

さらに、闘いを成立させるために、≪ジャンパー≫が≪ジャンプ≫した後にできる空間の裂け目を固定するマシンを登場させ、≪パラディン≫の戦闘員たちが≪ジャンパー≫の後を追ってその裂け目を越えてくるという設定まである。

ここまでやると、ちょっといただけない気がするのだが、≪ジャンパー≫側を主人公にしてしまった以上、≪パラディン≫側にそうしたアドバンテージを与えない訳にはいかない。
その辺がちょっとつらい。

さて、映画の設定上(原作小説があるそうだが、読んでないので、どこまでが元々の設定なのかは知らない)、≪パラディン≫は少なくとも中世には存在していて、魔女狩りを仕掛けたのも彼らだということになっている。
「瞬間移動能力は、神のみが持つべき力である」という宗教的信念のもと、≪ジャンパー≫狩りをやっている。

そういう壮大なスケール観が、ちょっと感じられなかった。

また、デヴィッドの母親が、自らも≪ジャンパー≫でありながら、それを隠して≪パラディン≫のメンバーになっている、という重要な設定がある(映画の最後に明かされる)のだが、この母親が登場するのが、ローマで突然救出にくる時と、ラストシーンだけ。
なんだか妙に食い足りない。

と思ったら、パンフレットの中に、この映画が成功したら、3部作になる予定だとの記述があった。

なるほど、スケール感の不足も、母親の登場の仕方の食い足りなさも、そのせいか。
2作目以降のために出し渋ったのか。

映画が成功して2作目以降も製作できるという自信があるわけですな。
大したもんだ。

監督が「ボーン・アイデンティティ」3部作のダグ・リーマンということで、これは2匹目の泥鰌か?という気にもなる。
そう考えると、すごい能力を持った主人公が、組織を向うに回して、裏の秘密に近付いていく、という同じような流れが見えてしまう。

ということは、恋人のミリーは第2作で死ぬことは決定済みってことか(笑)

主人公デヴィッドを演じるのは、ヘイデン・クリステンセン。
アナキン3部作(っても、出たのは2・3作目だけだけど)に続いて3部作になるか?

その母親役が、ダイアン・レインですわ。
映画で演技しているのを観るのは「ストリート・オブ・ファイアー」以来だ(苦笑)
かつてのYAスターで、私とは同じ1965年生まれ。
思ったほど老けてないとも、さすがに老けたとも、どっちとも言える感じ。

この映画が3部作になるなら、次回作では存在感が増すはずだから、彼女を観る目的で足を運ぶかもしれない。
もし次回作で死んだりしたら、3作目は観ないぞ。

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March 04, 2008

エブラハム・敏感

細かいことを気にしすぎるから暗殺されてしまうんだよ。

JR東日本が中央線に導入した新型の車両にE233系というのがある。
中央線と列車の乗り入れがある青梅線・五日市線でも導入されていて、最近その比率が増してきている。

私はこの車両を、≪余計なお世話≫型車両と呼んでいる。

≪余計なお世話≫と言うのは、座席のことである。

この車両では、シートが一人分ずつくぼんでいる上に、七人掛けのシートでは2・3・2と区切るように金属のパイプが設置されている。

つまり、必ずシートの設計上の定員に合わせて座るように強制しているわけである。

そうなる前のシートの頃は、「短い座席は三人掛け、長い座席は七人掛けだから、ちゃんとその人数が座れるように詰めて座れ」という意味のことが、よく車内アナウンスで流れていたが、言っても聞かないから強制しようということだろう。

朝夕のラッシュ時には、多少のストレス緩和になるかもしれない。

「なんだよ、なんで6人で座ってんだよ、詰めたらもう1人(つまりオレが)座れるだろ!」という怒りを覚えずに済みますからなぁ。

だが、それ以外の時間帯だと、むしろ逆効果な時があるように思える。

先日実際にそんな状況に出くわしたが、車内に立っている客もいくらかいるという状況で、七人掛けのシートに3人しか座っていないのである。
つまり、2・3・2と区切った各区画に1人ずつしか座っていないのである。

理由は簡単で、3人の区画の真中のくぼみに人が座っているからだ。

人間誰しも、混んでいるわけでもない車内で、わざわざ他人と密着して座りたくはない。
混んできたら仕方がないけど、そうなる前は他人とは距離をおいて座りたい。
そうでないのは痴漢か変質者くらいだろう。

≪余計なお世話≫型車両の場合、シートにくぼみがあるので、距離を置いて座る時には必ず1人分の間を空けることになる上に、パイプがあるので、こういうことになってしまうわけだ。

まあ、3人より頻繁に見られるのは、各区画に1・2・1と座って、合計4人になっている場合だが、こういう、ラッシュ時ではないけれど、立っている人もいる、という状況で、昔の車両なら、少なくとも5人は座れた。

「七人掛けのシートに6人で座るなんて!」という不満の声が、七人掛けのシートに3人しか座れない状況を生んだわけで、まったく余計なお世話だ。

人間の幅は均一ではない。

私のようなデブばかり集まれば、七人掛けのシートに6人座ればそれでギュウギュウだろうし、逆に痩せた人間や子供ばかりが集まれば、8~9人座れたりもする。

以前のシートの頃、ラッシュ時に列車に乗る時は、七人掛けの真中に座ることがよくあった。
シートの端は、戸の側に立った人間がもたれてきたりして鬱陶しいからだ。

七人掛けのシートのど真ん中に私が座っているからには、その左右に3人ずつ座れるはずだし、実際ラッシュ時にはそうなるのだが、最終的に席が埋まった時、ど真ん中に座ったはずなのに左右のどちらかにズレているということがままあった。
つまり、私の左右では、同じ3人が座っているはずなのに、その幅が微妙に違うのである。

以前のシートなら、その辺の微調整が利いた。
今はそれが出来ない。
常に圧迫感があって、乗り心地が悪い。

もちろん、「ちょっと詰めてくれ」と言って逆ギレされる心配はなくなったわけだが、逆に、人情の機微というものも排除されたと言える。

どちらが良いとは言い難いが、世知辛いことは間違いない。

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February 16, 2008

風車のレーシッチ

コントロールは悪くない。

プロ野球のキャンプも始まりましたが、カープのレーシッチとドラゴンズのゲーリーが兄弟だということを記憶している方はどのくらいおいででしょうか?

都バスに乗っていたら、PASMOの宣伝ポスターがあった。
そこに、バスの乗り継ぎ割引についての記述があることに、今頃になって初めて気がついた。

首都圏以外の方にご説明すると、PASMOは首都圏を中心とした鉄道・バス事業者によるIC共通乗車券のこと。
大まかに言えば、JR東日本中心のSUICAに対して、それ以外の交通機関が立ち上げたものといったところか。
相互利用が出来る(予定)ので、敵対してるわけじゃないけど。

で、このPASMOを使って都バスから都バスへ乗り継ぐと2台目のバスの運賃を割引くサービスがあるのだそうだ。
知らなかった。

ただ、そのシステムがよくわからない。

説明にはこうある。

東京23区内
初めのバスの乗車時から90分以内に次のバスに乗り継ぐと、2乗車目のバスの運賃が大人100円/小児50円割引になります。
多摩地域
初めのバスの降車時から次のバスの降車時までが90分以内の場合、2乗車目のバスの運賃が大人100円/小児50円割引になります。

つまり、23区内の場合、最初のバスへの乗車から次のバスへの乗車までが90分、多摩地区の場合は、それが最初のバスからの降車から次のバスからの降車までが90分となっているのだが、この設定の仕方がよくわからない。

なぜ、23区と多摩で時間の計算の起点・終点が異なるのか。

同一運賃の23区に対し、多摩地区は乗車距離によって料金が変わるという違いがあるので、それに対応して設定を変える必要はあるだろうが、それが起点・終点を異なるものにする理由にまでなるとは思えないのだが。

そもそもなぜ、「初めのバスの降車時から90分以内に次のバスに乗り継ぐと」ではいけないのか。

それだと、都バスでどこかへ買い物に出かけ、1時間ほど買い物して、同じ路線のバスに乗って帰る、というよう使い方が可能になるからか?

いいじゃないか、それだって1日に2回バスを利用してるんだし。
片道は別の交通機関を使われるよりはマシだろ。

23区の場合、最初のバスの所要時間次第で次のバスに乗り継ぐまでの時間的余裕が変動することになる。
多摩の場合、次のバスの所要時間を十分把握していないと降車前に時間切れになりかねない。

もちろん、現実的にはせっかくバスを乗り継いだのに時間切れで割引が受けられないということは、まずないと思う。

だが、例えば、私がたまに退屈しのぎに行うようなパターンの時はどうなるのだろう。

自宅最寄のバス停から青梅駅前まで都バスに乗り、そこから柳沢駅前行きの都バスに乗るような場合だ。

青梅駅前から柳沢駅前まで乗車すると、バス停の通過予定時刻でみてもおよそ100分かかるのだが。

そんなバス利用の仕方をする人間はありえない、そんなバカには割引なんかしてやんないってことか。
あるいは、「お嬢ちゃん(誰が)、悪いことは言わねぇから、柳沢まで行くなら電車にしときな」ということか。

割引を特典としてPASMOを売り込みたいけど、でも出来るだけ割引はしたくない、そんな本音が透けて見えるような気がするのは気のせいか。

もっとも、予想以上の売上があって、販売制限されたくらいだけど。

いずれにせよ、なんだか気になるのである。

・・・・・・・・・・

と書いて30分後に気がついた。

そんなもん、同一運賃である23区内は乗車時に1回だけしか読み取り機にタッチしないからに決まってんじゃねぇか。

で、多摩の方は2つある読み取り機のうち、料金を引くのは降車時にタッチする方だからだよ。

バカ丸出しだ。

でも、青梅車庫―柳沢駅前の路線が単独で90分を越える問題はそのまま残るわけだが。

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January 22, 2008

訃報

この人の訃報には駄洒落タイトルを付けた方が良いような気もするが、うまいのが思い浮かばなかったのでやめにした。

加藤博一氏が亡くなった。
56歳とは、また随分若い。

若い人には、最後に所属した横浜大洋ホエールズのスーパーカートリオの印象が強いかもしれない。
訃報記事も、「元スーパーカートリオの~」みたいな書き方が多い。
しかし、現役選手としては、1970~75年がライオンズ(西鉄→太平洋クラブ)、1976~82年が阪神タイガース、1983~90年が横浜大洋ホエールズなので、阪神タイガース時代も長い。
私にとっては、タイガースOBという感覚であった。

解説者としての加藤博一氏からは、あまり切れ味を感じられず、決して好きな解説者とは言えなかった。

しかし、現役選手としての加藤博一氏に関しては、ひとつ、強く印象に残っている出来事がある。

あれは1980年だったか、1981年だったか。
後の1990年代の暗黒時代ほどではないものの、この頃の阪神タイガースも低迷時代にあった。

ある時、打線が不調で数試合連続完封され、30イニングばかり連続無得点を記録したことがあった。

その連続無得点に終止符を打ったのが、加藤博一氏のランニングホームランだった。

たまたまラジオで中継を聞いていた私は、すごく興奮したのを覚えている。

正確な数字を確認しようと、先ほど検索してみたが、まるで引っかからない。

ただ、一人だけだがこのことに言及している人がいたので、私の記憶違いではないはずだ。

確か私の記憶では、この試合、このランニングホームランの1点だけしか取れなかったはずで、これがなかったら連続無得点記録は続いていたところだった。

その意味で、タイガース史上に残る大仕事をしてくれた選手なのだ。

それだけで、私にとっては忘れ得ない選手である。

ご冥福をお祈りしたい。

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January 16, 2008

七人のハムラビ

てんで勝手に七種類も法典を作るな!

昨年の暮れに「ブレードランナー」のコレクターズボックスを購入した。
「ブレードランナー」の現存する5バージョンを全て収録したという触れ込みのものだ。

買ってすぐに、まずはオリジナル劇場公開版を観る。
というのも、所持しているビデオテープ(初めて買った映画のソフトでもある)にカビが生えてしまって、かれこれ10数年観ていないからだ。

で、昨日、今度はワークプリント版を観てみた。

ワークプリント版というのは、「メイキング・オブ・ブレードランナー」(ポール・M・サモン 1997年 ソニー・マガジンズ)という本によれば、1982年3月5日にアメリカ・コロラド州デンバーで、翌6日にテキサス州ダラスで行われたリサーチ試写の際に上映されたもので、関係者以外の一般客に対して公開された「ブレードランナー」の最初のバージョンにあたるものだという。
この試写の際の観客の反応およびアンケートの結果から、劇場公開版にあるデッカードのモノローグと俗に言う≪ハッピーエンディング≫が付け加えられることになったという、いわくつきのバージョンである。

なるほど、映像にせよ、音声にせよ、劇場公開版とはかなり違いがある。

映像面から見ると、あからさまな違いが2点。
オープニングとエンディングだ。

オープニングは、タイトル文字の出方が、まず横線が現れて、シャキーンという金属音とともに、その上下に文字が現れる、というもの。
その後に、架空の辞書の≪レプリカント≫の項目という設定で、≪レプリカント≫について説明した文章が現れる。
劇場公開版のように文字が下から上に流れていくことはないし、文中にはレプリカントとブレードランナーの関係を説明した部分もない。

エンディングは、もちろん≪ハッピーエンディング≫がない。

その他の映像の違いは、つまり、劇場公開版には無い映像があるか、劇場公開版にはある映像が無いか、ということだが、そのパターンには、同じカットだが編集点が違うので余分に映像が映っているものがあれば、シーンは同じだが別の映像に差し替わっているものもあるし、カット自体があったりなかったりするものもある。

そんな数多い違いの中で、なんといっても、一番注目したのは、デッカードが最初に登場するヌードル・バーのシーン。
日本人にとっては最も印象深い「2つで十分ですよ!」のシーンだ。
劇場版にはデッカードの注文した料理は映らない。
そのために、何が「2つで十分」なのかわからなかったのだが、ワークプリント版にはそれが映っているのだ。

ん?なんだこりゃ?

上記の本では、「大エビ2尾、ヌードル、山盛りのライス」と記述されている。
だが、実際に映っているものは、ちょっと違っている。
上の記述では3皿提供されているように思えるが、見えるのは2皿だ。
1つは当然ヌードル(ま、皿じゃなくて碗だが)。
もう1つには、皿の半分にご飯が盛られ、もう半分に何か野菜炒めのような惣菜が盛られている。
ご飯にかかっているのかもしれない。
そして、その上に黒く細長いものが2つのっているのである。

当然、「2つで十分」なのはこの黒いものだろう。

しかし、どう見てもエビに見えない。
まあ、これを準備したスタッフが「あれはエビだ」と証言しているのでもあれば、エビだと信じるしかないが、映像を見る限りでは、どう考えてもエビではない。

私には、ナスに見える。
いや、絶対ナスだ。
断じてエビじゃない。

ということで、私の結論は、「2つで十分」なのはナス、である。

一方、音声面の違いは、何と言っても音楽が違うことである。

なんでもヴァンゲリスの音楽製作がスケジュール的に間に合わなかったので、仮の音楽をあてて試写したらしい。

それだけで映画の印象が随分変わる。
SF的というよりは、サスペンスものみたいな感じを受けてしまう。

音楽といえば、レイチェルがピアノを弾くシーンがあるが、そこの曲はメロディは同じだが、キーが低い気がする。
劇場公開版では転調したのだろうか。

劇場公開版にあるデッカードのモノローグは、もちろん無いのだが、実はワークプリント版でも1ヶ所だけモノローグが入っている。
なぜかロイがデッカードの命を助け、そのデッカードの前で死んでいくシーンである。
ただし、セリフは違う。
ワークプリント版の方が少々くどいし、説明的だ。
劇場公開版の方が印象的だ。
それにワークプリント版では、ここにしかモノローグがないので、唐突な感じは否めない。

ここだけでなく、セリフが違う場面はかなりある。
特に気になったのは、ブライアントがデッカードに事件の経過を説眼する際に、「6匹のレプリがタイレル社に侵入しようとして、2匹死んだ」と話していることと、ロイがタイレルに対して「もっと生きたいんだ」と言うところで、最後が“fucker”ではなく“father”になっていること。
特に前者は、劇場公開版では「1匹死んだ」と話していたため、説明と映画に登場するレプリカントの数が合わないと言ってしばしば議論になってきた部分である。

しかし、まあ、一応は一般観客に見せるためのもののはずなのに、編集が荒っぽい。

既に触れたカットの長さの問題などは、十分な推敲をしていない結果としか思えない。
画面の明るさや色のトーンも統一されていないし、そもそも暗い。
また、音声も、この場面で聞こえるべきではない音声が聞こえる場面があったりする。

作業途中の仮編集フィルム、ということなのだろう。

事前の情報なしでこれを見たら、観客が混乱するのも無理はない。

リサーチ試写とは言え、こんな未完成品を見せてしまったことが、その後の迷走の原因なんじゃないか、という気がしたのであった。

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